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2011年5月18日水曜日

自尊自立のための家庭の医学 番外編4 病気の成り立ちを知ろう 

医師不足、と言われるほど病気の人が多い近頃・・・

○○病と診断されると、病気になると、病気になった自分の体が何やら不完全で悪いような気がします。
でもやっぱり安保徹先生の言うように病気になる原因があるってことを私たち自身が知る必要がありますよね。





ああ、病気って言われるから病気の人が増えてるんだ・・・(笑)。でもそういうことですよね。

<病気の成り立ちを知る>

・病気になるのは、体の異常からよりもむしろ、真面目で頑張りすぎたり、辛い環境にいたこ とによって体に負担をかけ過ぎていることから生じるものが多い
・だから生活や考え方を変えて、体に負担のない生き方を自分で模索していかなければいけな い。100%医療機関に頼るのは行き過ぎ
・病気には病気になる原因がある。病気というレッテルを張るよりも「これ以上頑張ったらわ が身が破たんする」という限界を学んでおくことが大切

病気=不完全である=自己卑下=完璧主義=~じゃないとダメ=執着=我欲
こんな風に考えると、原因は自分の中にあり、自分の何かを変えていかなければいけないということに気がつく事が出来るかもしれません。
楽しい人が我が身を省みることがあるでしょうか、順風満帆の人が自己批判や反省をするでしょうか、やはり何がいけなかったのかと考えるときって苦しいときなんだと思います。

原因は自分の内側ににある
外側に原因を求めるばかりではいけない
しかし、外側は悪くなるばかりです。一体どうすればいいのでしょう・・・ここしばらくそんなことを考えて悶々としていますが、とりあえず、自分に全く責任がない完全な被害者ではないということだけは確かなんですよね。安保先生がよく仰るのは、とにかく感謝すること。今生きてることに感謝。頑張りすぎずに頑張るためには、自分をよく知りそのバランスをうまく取る工夫が必要なんですよね。悩みが深い時には体が無理する時よりも早く病気になってしまいます。もっと泣いたり笑ったり怒ったりしてもいいのかな・・・公の場でむやみやたらに「怖い」とか「可哀相」「ひどい」などと感情を発散するのは不用意に周囲の人を不安にするから控えるほうがいいと思っていました。いつもいつもそうではないのかもしれない。特に今はそんなふうに思います。・・・結局いつも行きつく先はバランスの問題ですね。。自律神経も行ったり来たりしながらバランスするんですもんね。

 
<病気から脱却する反応を知る>
 

・ストレス→血行障害(交感神経優位)→ストレスから解放(副交感神経優位)→血流が回  復→ズキンズキンする頭痛(偏頭痛)
・花粉症、アトピーなどの症状→早く体から抗原を出そうとする
・病気は体が出来が悪くてなったのではなく、自分が頑張りすぎたり真面目すぎたりする生  き方をしてなったという感覚を持てば自分主体の人生になって行く
 
これが体が治ろうとすることで起こる反応ですね。
だからやっぱり病気は、症状は大切なことを教えてくれるんだと思います。苦しいですけどね。

2011年5月6日金曜日

自尊自立の為の家庭の医学 第三回 自然治癒力とは

何かあったらすぐ薬を・・・という習慣から少し離れるには自然治癒力を上手く利用できればいいのですが。
でも自然治癒力っていったいどういうものを言うのでしょうか?
私たちの体には自分で治そうとする力が備わっています。でも少し調子が悪いと、仕事は休めないしとか、ちょっと気弱になったりだとかで急いで病院や薬局に駆け込み薬を買ってきたりしますよね。自分がどうなるのか、この具合の悪さはいつまで続くのか、治るのか、もしもっと悪い病気だったら?そういう恐怖が元にあってとにかく早くこの症状を消してしまおうという気持ちが働く・・・これはお医者さんや薬のせいではなくて私たちの心の問題です。つまり死を恐れる気持ち、それが病気や症状を悪と決めつけたいのだと思うのです。

とは言え自然治癒力をはっきり定義付けするのはとても難しいのですが・・・
近頃は、現代医学の場でも自然治癒力のことを聞きますね。自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きをそのように呼んでいます。

自律神経をつかさどるのは「視床下部」です。視床下部はホルモンの分泌(内分泌系)や免疫系の調整においても、大切な働きをしています。これらの調整機能はホメオスタシスという体内の環境を一定に保って生命を維持する為の働きです。
しかしストレス・不安・恐怖・不快などによって、自律神経が乱れると他の調整機能にも負担がかかってしまいます。結局のところ心と体はつながっているので、心をどのように安定させるか、自分のものの見方・感じ方・考え方、そういうものが身の回りで起こる出来事を自分の体にどのように影響させるかを決めています。心のホメオスタシスも大切になって来るんですよね。たとえば、悲しい時や困った時にため息をつく。これは心の苦しさを少しでも和らげようとする無意識の反応です。怒りの感情を爆発させることも。心を楽にするために蓄積せずに発散することも大切ですよね。

自尊自立の為の家庭の医学では、自然治癒力は自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きに加えて、感情や精神のレベル、肉体を超えた何かを含むもの、という風に考えたいと思います。
なぜ病気になるのか?なぜバランスを崩すのか?を考えるとき、どうしても肉体の機能的側面だけでは説明しきれないような気がします。

自然治癒力が働くとき、何かの症状が現れます。症状は「バランスが崩れているよ」というお知らせであり、それを正そうとする働きのために起こります。
自尊自立のための家庭の医学 番外編3 毒を以って毒を制するの本当の効用で、毒(物質)を体に入れた時の直接的な生体反応である一次反応と、一次反応の揺り戻しである二次反応がある、と述べました。この二次反応が起こるのは、崩れたバランスを元に戻すために、自然治癒力が反作用として働いているからですね。

同種療法であるホメオパシーでは、治癒の過程で感情の気付きや発散が多く起こります。肉体レベルだけでなく感情レベルでの癒しも起こるわけです。ただし押しこめていた感情や思い出したくない出来事を追体験することもありますので、決して楽な道のりではありませんが、本当の治癒というのはその人の心の変化が伴うものであると思います。このホメオパシーの創始者のサミュエル・ハーネマンは「病気は生命力の歪みによって起こる」と述べています。

少し抽象的なお話になりますが、肉体の中に閉じ込められている生命力が体内を循環するエネルギーのようなものだと考えてみて下さい。
私たちにはいろいろなこだわり、こうでなくちゃいけないと思うことがあります。「こうでなくちゃ」と思ったそれ以外の状況下ではとてもイライラしたり、何とかしようともがいてしまいますね。しかし、このことこそが、循環するエネルギーの流れの中に出来たブロック、淀み、ひっかかりなのです。そのことでいつもイライラしたり、そのことに気を取られた状態ではいつもそこにエネルギーが注がれることになります。このようにして、淀みの数が増えれば増えるほど、私たちが本来の生命を健康に維持していくことに使えるエネルギーが減り、流れも弱くなってしまう訳です。「こだわり」にも健全なものとそうでないものがあるでしょう。自分を省みず、周囲の状況を変えようと躍起になったり、いつまでたっても変更も修正も出来ない「こうでなくちゃ」は病的なものであると言えます。

実際悩んでるときは苦しいものです。いっそ手放してしまえれば楽になれるのですけど、それが出来ないから淀みが生じているし病んでいるわけです。
このブロックが外れるとき、そこに溜まっていたものが放出されます。ですから感情レベルでの痛みも体験するでしょう。思い出したくなかった記憶を思い出して大泣きしてしまうこともあるでしょう。でもそれが感情レベルでの治癒のプロセスであり、自然治癒力の働くプロセスなのです。自ら抑え込んでいた辛い体験や感情が噴き出す、抑圧に対する反作用がこれを手放すこと、ですね。

自然治癒力が働くとき、揺り戻しの症状がある、そしてそれは肉体レベルだけではなく感情レベルでも起こる、ということでむやみやたらに症状を忌み嫌わないようにしたいものです。

2011年4月28日木曜日

自尊自立の為の家庭の医学 番外編3 毒を以て毒を制するの本当の効用

薬には毒が使われることが多い
これは皆さんよくご存じのことですよね。
「毒を以て毒を制する」なんていう言い方もします。後者の毒は体を病気にしてるもの(体毒)であり、前者はそれを治癒する為に体内に入れる毒=薬のことかな、と。

鎖国中の江戸時代には、世界で初めての全身麻酔の開発に成功した華岡青洲という外科医がいます。彼は蔓陀羅華(マンダラゲ)や草烏頭(ソウウズ・・・トリカブトともいう)など数種の植物を組み合わせ、動物実験と実母や妻への試用を経て「通仙散」という麻酔薬を発明しました。そして文化元年(1804年)10月13日、全身麻酔を使った乳がんの手術を行いました。これは、1846年にアメリカで行われた、ウィリアム・T・G・モートンによるジエチルエーテルを用いた麻酔の手術よりも40年以上前のことだそうです。

通仙散を服用すると

一時間ほどで尿意を覚え脈が速くなり動悸がして舌や唇が乾いてきます。顔が酒に酔ったように赤くなり瞳孔が開き、少し熱が出て独り言を言ったり体の不随意運動などの症状があらわれ、やがて意識が薄れていきます。手術が可能な無痛状態になるには3~4時間かかり、麻酔の効果は5~6時間続きます。
とあります。

しかし、毒を体に入れた時の反応というのは、実は一次反応と二次反応というものがあります。
毒が体内に入ると、まずは体は緊急事態ですからパニック状態になります。例えば
呼吸が速くなり脈拍が上がり、筋は収縮し、血圧が上がり、口の中が渇き、不随意運動を起こします(交感神経が優位な状態)。
これが一時反応、毒を入れたことによる直接的な生体反応です。そして、自律神経はホメオスタシスによって拮抗していますから交感神経が優位な状態から、副交感神経が優位な状態へと変わって行きます。
呼吸数や脈拍は下がり、筋は弛緩し、瞳孔は開き、尿意を催し、血圧が下がり、やがて意識を失っていく・・・わけです。
これは、一次反応とは逆の反応であり、毒を入れたことによって起こった一次反応から誘発された体をバランスさせるための反応なんですね。
これが、自然治癒力といわれるものなのです。

この二次反応を起こすためにわざわざ毒を体に入れるという訳です。
そして一次反応が強ければ、その分二次反応が強くなります。
毒を飲んで心臓が麻痺して死ぬ、というのはもうお分かりですね。直接の死因は毒によってというより二次反応によってであるということです。
薬というものは、二次反応である自然治癒力を誘発させるためにあるのであり、薬そのものが治すのではなく、治すのはあなたの体ということになります。そして強い二次反応を起こさないために、その量がとても重要なのですね。

量を問えば、毒にならないものはありません。いくら体にいいものでも摂りすぎれば健康を害しますし、毒も匙加減によっては健康に役立つわけです。
物質を体に入れた時の生体の反応、とても興味深いですね。
長期間、薬だけでなく、同じものを摂り続けることも考えものではないかという気がします。

2011年2月17日木曜日

自尊自立のための家庭の医学 第一回 「症状」はお知らせ

自尊自立のための家庭の医学 第一回
「症状」はお知らせ

病気とは「バランスの崩れた状態」、そしてその「バランスが崩れたまま滞った状態
と捉える事が出来ます。
その病気の結果として症状があります。
病気といってもいろいろな病気があります。新しい病気がどんどん増えています。西洋医学では症状によって分類し病名をつけていますが、自尊自立のための家庭の医学 でご紹介した医学の5つの流派のうちの1.~4.の療法ではあまり細かい病気の分類や病名を重要視しない場合もあります。
ここでは、病気を広い意味で捉えて、バランスの崩れた状態とします。


例えば風邪。
ウイルスや菌はいつも空気中にたくさんあって、体の中にもバンバン入ってきています。
しかし無理をしたりして免疫力・抵抗力が弱っている時にそれらの菌やウイルスに感染したら発症します。
くしゃみ、鼻水、咳、喉の痛み、熱などの症状が出てきます。

これらの症状は、風邪をひいた結果です。原因は風邪という病気になっていることです。
つまりくしゃみ、鼻水、咳、喉の痛み、熱は原因ではありませんので、これを止めることは体にとって根本的解決ではないということなのです。ですので普段ならやっつけてしまうウイルスや菌に抵抗できなくなっている体を元の状態に戻すことが正しい手当といえるのではないでしょうか。

これらの症状は苦痛を伴います。熱が出ると動けませんから、通常の生活に支障をきたします。だから早く無くなってほしいと思いますよね。苦痛や不便さにばかり目が行くと「病気、症状=悪」という考えになってしまいます。悪は排除しなければいけないという考え方があります。そこでそれらの症状を取り除こうとします。熱には解熱剤、咳が出れば気管支拡張剤、腹痛があれば腸の動きを止める、などです。しかし、熱が出るのは体温を上げて免疫を活性化し外敵と闘うためですし、咳、嘔吐、下痢などは外に出そうとする反応です。体は、そうする必要があってしていることと言えると思います。そして多くの薬はその症状を取り除くというよりは、抑えるものがほとんどです。

実際に、風邪のときに解熱剤で熱を抑えると症状が長引くというデータがアメリカにあります。そのためか最近では解熱剤を簡単に処方する病院は少なくなっているようです。また、日本でO-157が流行った時も、下痢止めを飲んだ患者の死亡率が高かったことが報告されているそうです。

ウイルスや菌に感染すると、そのせいで症状があるのだから、ウイルスや菌を殺すことは対症療法ではなく原因治療のように思います。たしかにウイルスや菌は原因の一つです。しかしウイルスや菌が体内にあっても発症しない事もあります。ヘルペスウイルスは子供の頃に水ぼうそうをして以来多くの人の神経節に潜んでいます。そして体の抵抗力が落ちた時、口唇ヘルペスや帯状疱疹となって出てきます。結核や風邪もいつのまにか感染し、そして知らない間に治癒していることもあります。このように、かならずしも感染=発症ではなく、ウイルスや菌は必要条件に過ぎず、普段から体内には多くの菌やウイルスが入ってきたり潜んでいたりして、何らかの原因でそのバランスが崩れたときに症状としてあらわれてくると考えることが出来ます。

症状は「バランスが崩れているよ」という体からのお知らせです。
そして症状は、体が元の状態に戻ろうとする反応ともいえます。
同種療法では、症状は私たちの体に備わっている自然治癒力が働いている過程であると考えられています。だから症状をむやみに抑えてはいけない、体の外へ出そうとしているものは出し切るように促します。
症状が病気の原因を探る上での貴重な手掛かり、お知らせであるならば、これを抑えようとすることは警告のアラームをたたき壊して、ほらもう鳴らなくなったから安心と言っているようなものだという気がします。


長引く咳や、発熱時のゾクゾク、フラフラ、お腹が痛くて何度もトイレに行くetc・・・は実際、不便なんですが、すぐに薬を飲んでしまう前に最近の生活を振り返って、無理をしていないか、ストレスをためていないか、何か悩んでいることはないか、思い出してみるのも大切なことです。
やらなきゃいけないことがいっぱいで忙しい
あれもしたいこれもしたい
そんな自分の思いだけで無茶をしていませんでしたか?
体はそういう無茶にずっと応えてきました。でもそろそろそれに応えるのも厳しいと言っているのかもしれません。病気になったときだけ、急に心細くなって早く楽になることばかり考えてしまいがちですが思い当たることがあれば、まずはゆっくり体を休めて、その状況を改善する方法を考える、これもバランスを正すこと=自分で出来る治療かもしれませんね。

2011年2月3日木曜日

自尊自立のための家庭の医学

これから数回に分けて、病気やからだのことについて少し考えてみたいと思います。

健康に気を遣ってる方って結構多いと思います。
雑誌やテレビでこの食べ物が○○に良いという情報などには何かと敏感になったりしますよね。
でも病院に行ったときなどは、質問しようにも何を聞いたらいいか分からない、訊ねてみたけれど先生の言うことは分かったような分からないような・・・うーん。
まぁ専門的なことはお医者さんにお任せしましょう。
そんなかんじで自分には専門的すぎて理解できないだろうという思い込みから、いろいろな勘違いをしていたりすることってあると思います。


19世紀初めまでは、医学にも5つの流派があってそれぞれ共存していたといいます。

1. ナチュロパシー
  自然療法
  食事療法を中心に自然に任せた生き方や食べ方をして体の自然治癒力を取り戻そうとする療法。このナチュロパシーを行うところでは現在アロマテラピーやインドのアーユルヴェーダやホメオパシー、フラワーエッセンスなど様々な療法を取り入れているようです。

2. オステオパシー
  いわゆる整体のような手技を用いて、体のゆがみを取る事で自然治癒力を引き出すもので具体的には骨格のバランスの調整、脳脊髄液の流れの調整、内臓の活性化などを行います。

3. サイコパシー
  心理療法(サイコセラピー)
  教示・対話・訓練などを通して行動や認知に変容をもたらし、心の問題を取り除く事によって心身の健康を維持増進しようとするものです。

4. ホメオパシー
  同種療法
  「ある症状を引き起こすものはそれと似た症状を取り除く」という原理をもとにその症状と似た状態を引き起こす物質を極限まで薄めたものを摂る事によって自然治癒力を刺激し、かかりきれずにくすぶっている症状を押し出すという療法です。

5. アロパシー
  逆症療法 いわゆる現代医療
  下痢をしたら下痢止め、痛い時は痛み止め、などの投薬や悪いところは切り取るなどにより症状を抑える、取り除くことで症状が無くなる事を治癒とする療法です。



始めから見たい方はコチラ↓(ガン治療のウラ 1/8)
http://www.youtube.com/watch?v=fS4qhZE0P5Q


ほんの200年くらい前までは共存していたこれらの流派が現在では1.~4.は下火となり、あまり一般には知られていません。
下火になったのは、医学として間違っているからなのか?
これらの療法は、エセ、非科学的、気のせい(プラシーボ効果)、トンデモなどと頭ごなしに批判されることがあります。
しかし現代医学では匙を投げられてしまった患者さんが医師が説明が出来ない「奇跡」などと呼ばれる回復をすることがあります。
これを「例外的」「奇跡」で片付けてしまい、なぜそうなったのかを追究しようとしない態度が果たして科学的であると言えるのでしょうか。

どの療法も医学であり、それぞれに良い点と限界があるのだと思います。
(個人的には大まかに、症状を抑える手法と、症状を自然治癒力の働く過程と見なすか、の2つに分類されると思っています。)
5.のアロパシーも救急のケースや外傷による外科治療、症状が激しすぎて著しい体力の消耗や生命の危機にある時に一旦症状を抑えるという点で非常に有効な医学です。
ただ現代はアロパシーに偏り過ぎている気がします。アロパシー以外ご存じない方の方が多いのでは?と思います。
病気とは悪いもので、私たちに苦しみだけを与えるものなのでしょうか?
病気と闘うのが正解なのでしょうか?

その答えは1.~4.の療法の中にあるのではないかと思います。
古代ギリシャの「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスは「人間が病気になるのも、自分自身を修復するのも自然の働きであり、病気を治すのは患者自身が本来持っている自然治癒力である」と言いました。(『ヒポクラテス全集』より)
まずは食事。食べるものと、その食べ方ですよね。その食べた物で私たちの体が出来ている、細胞が作り換えられているのであれば、一番最初に見直すのは食事ではないかと思います。
またホメオパシーは病気と闘いませんし、症状を抑えることもしません。どうしてそうなるか、という根本原因を気にしながらも、「こうやったらこうなりました」というのを積み重ねていった経験医学とでも言うべき側面が大きいです。
病気は気が病むと書きますから、心の問題も凄く影響を与えていることは容易に想像が付きます。そういう場合は、心と体を切り離しては病気は治りません。
人間は生きている以上歪みが生じます。なぜなら、肉体という有限のものの中に、生命力という無限性のものを閉じ込めた存在だからです。物質の集合体が生命体として動いていることを科学で説明しきれないのはなぜでしょうか。まだそこまで科学が発達していないからでしょうか。それならば自然科学も唯一絶対の万能のものではないはずですよね。

どんなことにも当てはまると思いますが、大切なことは、自分は「知らないことがある」ということを知ること、得た情報を自分の直観で選別することだと思います。
正しいのか間違ってるのかを突き止めることが目的ではなく、健康に生きるための知恵を学ぼうということです。選択肢は多い方がいいですよね。直観と呼べるほどの確信はないけど、これは正しいように思うと感じるから・・・試しに少しやってみようかなぁ?とかそんな程度でいいと思うのです。
ですので、お薬にばかり頼らずに病気を治すには、本当に健康になるためには、という観点から少し体のことについて勉強していきたいと思います。
よろしければお付き合いください。