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2011年9月15日木曜日

こんなことで潰されてたまるか!「希望の放射線除去・低減化法、実施中」

現代農業10月号に載っていたものです。

畑をいくつかの区画に区切り、表土を削って集めて一つの区画に積み、そこでヒマワリなどを栽培する。(放射性物質を吸収すると言われている植物を栽培する)
表土を削り取った区画と区画の間には溝を掘ってビニールのようなもので水がしみ込まないようにし、溝を流れた水をゼオライトを通して放射性物質を吸着させてから外に流す。放射性物質が流れ出さないようにするという工夫です。
完全ではなさそうですが、それぞれが工夫して頑張っています。
家庭菜園をやっている人も参考になるのではないかと思い紹介しました。
詳しくは現代農業をお読みください。

こちらで購入できます。
http://www.amazon.co.jp/dp/B005GQ7KBA/ref=cm_sw_r_tw_dp_LguCob1BX93XJ

2011年9月5日月曜日

農産物貿易の自由化が許されない理由

こちらからの転載。
http://www.ruralnet.or.jp/gn/201104/tpp.htm

農産物貿易の自由化が許されない理由

関 良基


自由貿易を礼賛する言説を新聞やテレビで振りまく経済学者はウソを言っている。百歩譲って工業製品の自由貿易は可能でも、農産物は自由化に適さない。農産物、とりわけ穀物の生産を海外に依存することは、生産者と消費者の双方に著しい打撃をもたらす。

WTOからTPPへ――米国の世界戦略

農産物と工業製品では財の性質が全く違う。工業製品に関しては、労働基準や最低賃金、環境基準の国際的な適正化、国際的な独占禁止などの諸条件が整いさえすれば自由貿易を認めることも可能であろう(現実はその条件が整っていないので認められない)。しかし農産物(とくに穀物)に関しては、いかなる条件においても決して自由貿易の原理を当てはめてはならない重大な理由が多く存在する。最大の理由は、農産物の不足が人間の生命を直接的に脅かすことだ。

WTO(世界貿易機関)においてすら、農産物は工業製品とは別のカテゴリーに分類され、農産物には暫定的に高い関税率が認められるなど、不十分とはいえいくばくかの配慮はなされている。しかるにTPPにおいては、農産物も工業製品も全く同列に扱って、例外なく関税を撤廃せよという。しかも輸入国側が一方的に関税の撤廃を強いられるのに、悪名高いアメリカの輸出補助金制度は不問にされる。WTOにおいてすら、アメリカの輸出補助金制度は不公正と非難され削減を求められているにもかかわらず、である。TPPにおいては万事米国主導でルールが作られるから、米国にとって都合の悪いテーマは除外されるのだ。

米国の戦略は、途上国の発言権が高まる中でWTOを自国に都合のいいようにコントロールできなくなってきたことから、TPPという自国主導の新たな枠組みの中で恣意的にルールを設定していこう、こういう目論見なのであろう。このような米国主導の身勝手な枠組みに丸裸で日本が飛び込むことは自殺行為以外の何物でもない。その自殺行為の推進を叫ぶ日本のマスコミが常軌を逸していることは、本誌の読者には多言を要しないだろう。

自由貿易を信仰する経済学のウソ

自由貿易を礼賛する新古典派経済学の枠組みでは、農産物も工業製品も同列に扱って論じ、自由貿易は貿易する双方の国の厚生水準を高めると主張する。これはウソである。百歩譲って工業製品は自由化可能な財であるとしても、農産物は自由化に適さない。環境面など多面的機能が損なわれるという点のみならず、農産物は需要面でも供給面でも、自由貿易には全く適さない性質を多く持つ。

数多くの論点の中で本稿では、農産物に対する需要特性が、貿易自由化に適さないことを明らかにしたい。通俗的なミクロ経済学(=新古典派経済学)の教科書は、貿易自由化が「消費者利益になる」と記述する。しかるに貿易自由化のメリットに関しては「これでもか」というくらいに記述されても、その何倍もあるデメリットに関しては全く記述されない。「新古典派経済学という学問は、『市場万能教』を布教するための、科学を装ったカルトだ」と言われる所以である。

農産物と工業製品の違い
――農産物は供給量のわずかな変化で価格が乱高下

農産物と工業製品とで大きく違うのは、価格が変化したときに需要がどの程度変化するのかという変化率である(需要の価格弾力性と呼ばれる)。

339ページの図には、2つの財の需要関数が書いてある。どちらかが農産物でどちらかが工業製品である。どちらがどちらか、少し考えてみていただきたい。

昨年後半から今年にかけて、穀物の供給不足の懸念によって2008年以来、再び穀物価格が急上昇している。工業製品はこのように急激に価格が乱高下をすることはない。これは二つの財の需要曲線の形が違うことに起因する。

――そう、垂直に近い(1)の曲線が農産物である。数量がわずかでも変動すれば、価格も大きく乱高下するのがわかるであろう。なだらかな(2)の曲線が工業製品である。

農産物(とりわけ穀物)の価格は、少し生産がダブついただけでも急落するし、わずかでも欠損が生じれば急騰する。人間の胃袋の大きさはほとんど変化しないので、価格が変化しても需要量に大きな変化は出ない。値段が高かろうが安かろうが、人間が必要とする食料の総量はほぼ決まっている。逆に言えば、需要曲線は垂直に近い急な傾きになる(=価格弾力性が低くなる)。したがって供給量のわずかな変動で価格が乱高下することになる。

それに対し工業製品は、食料と違って生きていくための必需品ではないので、価格の変動によって需要は大きく変化する。高ければ買わない、安ければ買われる量は増大するということになる。貿易を自由化すれば価格の低下によって伸縮的に需要が伸びていくので、製造業メーカーは大きな利益を得ることになる。

農産物の貿易自由化は生産者も消費者も苦しめる

生活必需品である食料はこうはいかない。貿易を自由化したところで国際的に農産物の需要量が急に大きく増えることはない。価格は急落するのに、需要は伸び悩み、結局苦しむのは生産者である。多くの農家が廃業に追い込まれた後、今度は供給が不足すれば価格が高騰し、消費者が苦しむ。とりわけ世界の貧困層を飢餓地獄に追い込む。安定的に供給することが何よりも大事な農産物にとって、この価格変動の激しさは、自由化の是非を問ううえで致命的な欠陥である。

価格が急落すれば、消費者は喜ぶが、農家が貧困にあえぎ生活できなくなる(今まさに日本の米農家がそうなっているように)。逆に価格が急騰すれば、農家は喜ぶが、今度は消費者の生活が破壊され、飢餓に至る(今まさに途上国の貧困層を直撃しているように)。この価格の不安定性は生産者と消費者の双方にとって莫大なリスクをもたらすのである。しかるに投機家にとっては、価格変動こそ一獲千金のチャンスとなる。ゆえに農産物市場には投機資金が流入しやすく、ただでさえ変動しやすい穀物価格をさらに乱高下させる。

ゆえに、農産物、とりわけ穀物においては、消費者と生産者の双方が著しい打撃をこうむることのないよう、国が介入して生産を調整し、価格を支持する必要があるのだ。

たとえ価格が下がっても飢餓のリスクは高まる

農産物貿易自由化論者は、自由化のほぼ唯一のメリットとして、食料価格が安くなり消費者の利益になるという主張をする。しかし、それは大きな間違いである。今後、日本、中国、インドなどの大消費国が穀物自給率を下げ、アメリカ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンなど少数の大輸出国に穀物依存度が集中していけば、リスクは飛躍的に高まっていく。そのうちの一国でも不作になれば、穀物価格はすぐに高騰するようになる。その結果苦しむのは、先進国と途上国とを問わず、世界中の貧困層なのだ。

たとえば次のようなケースを考えてみよう。自由化の結果、30年間のうち28年は食料品の価格が自由化前の半分程度に安くなり、残りの2年間は価格が自由化前の3~5倍にも急騰したとする。価格の平均値を取れば、自由化後は30年平均で67~80%となり、平均値のみ見れば、今より安いということになる。経済学者は、「平均価格が下がったから消費者余剰は高まった」などというかも知れない。

しかし30年中28年間は利益を受けていたにせよ、残りの2年間で貧困者は食っていけなくなり、下手をすれば餓死に至る。その2年間で多くの人々の生命活動が停止に至れば、残りの28年間利益を受けていたとしても、そんなことは全く無意味であろう。農産物は安いときに購入して買い置きしておくことなどできない。これも工業製品と農産物の特質の大きな違いなのである。

メキシコ農業の教訓

2008年、多くの発展途上国において実際にこういうことが起こった。その悲劇は、今年もふたたび繰り返されようとしている。

メキシコのケースを見てみよう。メキシコの主食は古代マヤ文明以来トウモロコシである。トウモロコシの原産国であり、人類にトウモロコシという作物の恵みを与えてくれたのはメキシコの先住民族である。そのトウモロコシの母国には、1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国で締結された自由貿易協定)によって、アメリカから大量の輸出補助金付きトウモロコシが安値で流入するようになった。アメリカからの輸入トウモロコシは、NAFTA発効前の1992年には130万tであったが、2007年には790万tと6倍にも増加した。マヤ文明以来のトウモロコシ作地帯であるチアパス州では「NAFTAは先住民族にとって死を意味する」との声明を発した先住民族の反乱も発生した。

米国のシンクタンク・カーネギー国際平和財団は、2003年の報告書で、NAFTAはメキシコの製造業に50万人の雇用増加を生み出したが、逆に農業部門で150万人の雇用喪失をもたらし、国全体として雇用の増加にも賃金の増加にも結びつかず、多数の農民から土地を取り上げ、森林破壊、自給作物の衰退と輸出用商品作物への転換による化学物質汚染など、環境破壊を助長したと結論した。

メキシコでは、製造業の雇用は50万人増えているが、その分の雇用は米国で失われている。そして離農したメキシコ農民は結局、200万人に上ったと推定される。この中には流浪してアメリカに流入した者も多かったが、国境を越えると「不法移民」のレッテルを貼られた。アメリカはメキシコに「関税」という国境措置の撤廃を強いながら、その結果としての移民に関しては国境による差別を崩さない。

メキシコ政府は、国内生産者にこのような犠牲を強いてまで、米国の口車にのせられて「消費者利益」のために主食を米国に依存するようになった。しかしブッシュ政権の始めたトウモロコシのバイオエタノール化計画と、それにつけこんだ投機資金の流入によってトウモロコシ価格が高騰した2008年、今度はメキシコの消費者が深刻な栄養不足と飢餓に直面することになった。

失業の増加と賃金下落と農民の土地喪失と環境破壊と飢餓、これが農産物と工業製品の一律自由化の帰結である。農民のみならず、労働者にも雇用の不安定化と賃金下落という深刻な打撃を与えるのだ。この教訓はTPPには活かされようとしていない。このメキシコの教訓は日本にとって他人事ではない。

荒廃した農地は簡単に回復しない
失われた命は蘇らない

新古典派の経済学者は、「輸入食料の価格が高騰すれば、国内生産が再び競争力を持つようになるのだから、また国内で生産を再開すればよいではないか」と言うかもしれない。しかし、いちど耕作地が放棄され、農地が荒廃すれば、簡単に元通りにはなりはしない。仮に三年かけて生産が回復したとしても、その間に失われた命は蘇らない。新古典派は、タイムラグがなく生産が瞬時に調整され、また、あらゆる事象は可逆的であるという非現実的な仮定に基づいてモデルを構築している。実際には、とくに農業の場合、生産を再開するための調整には時間がかかるのであり、その間に生じる餓死は不可逆現象なのである。

(拓殖大学准教授)


日本は原発事故によって多くの農地を失いました。外国からの農産物の輸入が増えることになりそうです。日本に対して市場開放圧力が高まるかもしれません。これまでもあの手この手で日本市場を開放させようとする力が働きましたし、それを受け入れる、あるいは推進するような政府の動きがありました。

生活必要物質、食料、水、エネルギー資源、に関しては、自国の自給率を高めることは、国防上もっとも重要です。
政治が当てにならないと思ことも多いです。
どうやって身を守るか。
政治を当てにせずに何ができて、何を政治に求めるか。
真剣に考えて、やれることをやらなければならない時を迎えたと思います。

2011年9月4日日曜日

強い農業とは、命を支える農業とは何か。

以下リンク先は「現代農業」平成23年8月号に掲載されていたトピックです。
書き出したものなので数字表記、漢字等細かいところで原文とは違うかもしれませんがご了承ください。

TPP推進派の「新自由主義的震災復興」のシナリオとは

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ー強い農業はどっち?
TPP推進論者がよくいう「強い農業・漁業」とは何だろうとよく考える。今回の大震災は、はからずもその答えを明瞭に示してくれた。冒頭紹介した中村さん夫妻は、その後、本当に安全で消費者が食べてくれるものができるかどうか、不安を抱えながら耕し、タネを播いた。
同じく郡山市の三穂田地区で集落仲間と稲作生産組合をつくり、六〇haを経営する高田善一さんは五月、例年だと否応なく張り切る時期なのに、今年は何とも気合いが入らない、と悩みながらトラクタに乗っていた。秋、本当に食べられるものができるのか、何より放射性物質が降り積もった土地に作物を植えてもいいのだろうか、それを考えると、好きな酒も飲めない、仕事の後一杯やるのが仲間の楽しみだったが、あの三月十一日以来、誰もが飲もうといわなくなった、と語る。高田さんは稲作のほか乳牛を八頭飼っている。乳を搾るだけでなく、田んぼに入れる堆肥を手に入れるためにも牛は欠かせない。その牧場からもセシウムが出た。五月半ば、ぼくはふらっと彼を訪ね、作業場で待っているとトラクタで帰ってきた。牧草をすき込んできたのだという。「切ないですね」というと、「切ないね」といった。
それでもみんな耕し、タネを播き、田植えをした。なぜと高田さんに問うた。中村さんと同じ答えが返ってきた。「百姓だからね。休むと百姓でなくなる」。
タネを購入し、肥料をまき、燃料代を消費して機械を動かす。自分の労働力は計算に入れなくても結構お金をつぎ込んでいる。そうして作った作物が食べられるものになるか、ぼくにもわからない。それでもみんなタネを播いた。
こんなことが効率と利益を上げなければならない企業農業にできるのか。もとが取れないかもしれないリスクを負う企業などあり得ない。小さい農家は別の論理、別の価値観でつくり続け、食べる人のいのちを支えてきた。大震災後の今もそうしている。消費者にとって、都市の人間にとって大切なのは、そんな小さいけれど、きちんとつくってくれる農業なのだということがわかってほしいと中村さんや高田さんと話しながらつくづく思う。TPPが潰すのは、こうした「強い農業」なのである。大震災の復興過程の中で、それをまったく別の「強い農業」に置き換えようという動きが日ごとに強まっている。
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引用以上

大野氏の言う「強い農業」「命を支える農業」とは、小さい農家の価値観、論理とは何でしょうか?

大きな会社で限られた仕事を細分化、専門化して作業していると、全体が見えなくなりがちですね。
自分の仕事が最終的にどうなるか見届けない事も多々あります。

様々な仕事を細分化、専門化、効率化して都会の生活は成り立っています。

エネルギーに関してもそう。原発は電気を作るところと使うところに大きく分けるという構造ですね。

今回の震災は、図らずしもその問題点をあぶり出してくれました。
お金があっても、必要なものが手に入らない、そういう状況は現代日本でも起こり得ること、頭ではわかっていても改めて実感した人は多かったのではないでしょうか。

自分達の手の届く範囲で、生活に必要なものを入手出来る構造が重要です。
百姓とはよく言ったもので、百の事が出来る人でないと百姓は務まりません。

利益を効率よく上げる農業ではなく、そして何も農家だけの話ではなく、一人一人がある程度完成された百の事を出来る地域づくりが、強い農業の基盤なのではないかと思いました。

2011年7月6日水曜日

玄米食のススメ

玄米あんまり食べたことなかったのですが、放射能対策にもなるということを聞いて少し前に購入して時々頂いてます。
玄米茶が好きなので割と抵抗なくいけると思っていたのですが、やっぱり美味しいですね、玄米。

ところで、大分前に玄米食は実は体に悪いという健康番組がやっていたそうです。
どういうことでしょうか。

番組によれば、その原因はカドミウム。
イタイイタイ病などの原因成分で知られていますね。

日本は火山国なので土は酸性でカドミウムがより土に吸収されやすい環境なんだそうです。
玄米はご存知の通り、白米に白米に精製する前の米。玄米から白米をに精製するときに最も栄養分が多い部分がなくなってしまうので、白米よりもミネラルに富んでいると言われています。
その表皮、油の層にカドミウムがたまりやすいということですね。

普通は人体に影響のある量ではありませんが、日常生活で、水分をあまり取らず、汗もかかない人は体外にカドミウムが排出されずらいので、蓄積されやすいのだとか。

これを受けてかどうかはわかりませんが、2008年に食品安全委員会は、食品を通じて一生涯摂取し続けても健康に悪影響が生じないカドミウムの摂取量7μg/kg体重/週とする評価結果を厚生労働省に答申。これを受けて厚生労働省が、米に含まれるカドミウム濃度の国内基準値を1.0mg/kgから、0.4mg/kgに引き下げることを検討しており、2010年度中にはカドミウム濃度の規制値が改正されると言われていました。これに合わせて農家もカドミウム対策に随分苦心していたようですね。農水省のホームページ確認したところ、震災のせいか対策は遅れているようです。

また、玄米食には「でんぷん層にフィチン酸があるので体に良くない」という説もあります。
確かにフィチン酸はミネラルと強く結び付く性質があるため、実験動物に与えると体内の必須ミネラルを奪って弱ってしまうそうですが、実はフィチン酸は化学処理で作られた人工物で、玄米にある天然物のフィチンとは全く別物。しかもフィチンには動物の生殖器官に存在する特別な物質であり、欠乏すると子孫を残せなくなる可能性もあるとか。
玄米に全く問題がないわけではなく、食害を防ぐために表皮に防御用の物質を忍ばせている可能性もあるし、表皮と胚芽の一部は削った方がいいという話もありますが、なんだか、玄米危険視しすぎてる人多くありませんでしょうか?

日本の玄米だけでなく、欧米でも全粒粉は健康に良いとされています。
日本ではパンも全粒粉のものは少ないですね。ヨーロッパでは当たり前のように食べられています。食生活の欧米化が問題といいながら、そして江戸、明治の歴史がはっきりと教えてくれているにも関わらず、肝心の穀類の全粒粉の認識は、欧米よりもはるかに日本の方がいまだに劣るのです。
米国ですら、 食事指針で全粒粉の大切さをはっきり打ち出してるというのにです。

負けないよう、玄米食定着させていきたいものですね。

参考図書
農文協:現代農業 平成21年12月号
農文協:現代農業 平成22年1月号
参考サイト
http://www.nagamine-corp.co.jp/c5-85.html

2011年5月14日土曜日

室内でも農業を

津波や福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の大量拡散によって、被災地の農業を大きな打撃を受けました。農家のみなさんは、耕作ができない、耕作ができても放射性物質が検出されて出荷できない、あるいは風評被害によって売れない、といった悩みを抱えてしまいました。

日本はフードマイレージが世界最悪の数値です。遠くで(外国で)作られた農作物を、たくさんの石油を使って輸入し、いくつもの段階を経由して手に入れています。そして、流通と消費の段階でたくさん捨てている。
もったいない話ですね。

しばしば「捨てるのはもったいない」と教えましょうという声を聞きますが、「捨てるものは作らない」とした仕組みが必要なのではないかと思います。
必要なだけ作る、そのためには流通経路を短くする、自分で作るといった方向に向かうのが良いのではないかと思います。
「自給率の向上」「地産地消」「自産自消」「農産物の貿易の縮小」というキーワードが出てくるでしょうか。

今日ご紹介するのは、都内のある企業です。
社内でチームを作り、室内で農作物を栽培しています。


これはキノコを栽培している一角。
天井には光の量を調整する電灯が設置され、定期的に噴霧器のようなもので水を供給していました。
電気を使っていますが、その電力をどうやって供給しているかはわかりませんが、電力を自然エネルギーにできればいいですね。


壁面にはパッションフルーツ(?)。
打ち合わせのテーブルや部門の仕切りを利用するなどして、このように作物を栽培することができます。
天井に網状の棚を作ってやることもできます。


打ち合わせスペースの椅子の下。引き出しが設けられていての、その中で発芽をさせます。


そして水田です。年に3回収穫しているそうです。
この他にも、発芽用の専用室のような部屋もありました。

実際に自給自足をしようと思ったら、とてもこのスペースでは足りませんし、水や電力の供給に石油や原子力などのエネルギーを使ってしまえば、あまり意味はありませんが、室内栽培の良いところは、作物を食べてしまう虫の侵入がないために農薬を使用しなくてもよいことです。

どこの会社でも、このような施設や設備を持つことはできないでしょう。しかし、工夫すればできることもあるかもしれません。大事なのはやることではないでしょうか?
アイデアを出して、やってみて、改善して。楽しいことだと思います。

家庭でやるなら、壁面を利用した花壇のようにして作物を育てることができます。
温室を作るならば、室内の日当りの良い場所に苗を置いたり、ビニールシートで囲ってペットボトルや発酵熱を利用して温度を維持することもできます。
水は雨水を利用する。簡単な雨水用のタンクなら作れますね。

放射性物質の拡散は各地で観測され、事故があった原子力発電所から遠く離れた地域で作物から基準値を上回る放射性物質が検出されています。
植物や細菌を使って放射性物質を吸収する方法、チップや炭を使って浄化する方法などもあるようです。

事故や災害、気候変動、戦争や紛争、されにそれらの結果としての政治的な失敗。
あらゆる出来事が、私たちの食を脅かす要因です。
今回の原子力発電所の事故は、それらが重なって起きた一つの教訓だと捉えることができます。

何かに誰かに依存している状態では、それが被害を受ければ即危機となります。
依存ではなく自立。
自立のための自給。
私たち自身のこととして、私たちの家族のこととして、私たちの地域のこととして、そのことを考えていかなければならないと思います。
子孫繁栄があっての国防です。

2011年3月21日月曜日

◆人だけじゃない!家畜のえさも不足。

東北地方では、地震の影響でガソリンなどが不足し、

家畜のえさが手に入りにくくなっています。

人もそうですが、家畜に対しても、

今回の地震は大きな影響を与えました。

日本が食べ物だけでなく、農業に関しても

いかに外に頼っているかが伺えます。

⇒ http://p.tl/rgYo

2011年3月20日日曜日

◆原発付近の農産物、出荷自粛要請

地震による福島第一原発の事故の影響で、


福島県は、第一原発の周辺、半径30km圏内の

農作物の出荷と自家消費の自粛を求めた。



つまり、農家の皆さんが手塩にかけて、

愛情込めてつくった食べ物が、

原発の事故で食べれなくなったって事ですよ。


事故の影響はこんな所にまで及んでいるんですね。



ここで1つの疑問。。。。


必要だったかも知れませんが、なぜ、

あの場所に作ったのでしょうか?


もっと良く考えれば良かったのに。

それに原発の反対運動は今に始まった事ではない。


⇒ http://www.minyu-net.com/news/news/0320/news5.html

2011年2月21日月曜日

楽しいラジオ番組 ラジオ版学問ノススメ

リンクはこちら。http://www.jfn.co.jp/susume/

『日本の暦』では日本をよく知ろうというテーマの他に、日本の自立再生というテーマについても積極的に扱おうと思っています。その視点から、今回視聴して良かったと思ったのは2010年10月3日放送分の小泉武夫(東京農業大学名誉教授)の回。日本食、農業、食糧自給について語っています。オススメです。

PodcastやMP3形式のダウンロードに対応しています。

2010年12月5日日曜日

食生活は土づくりから

食の堕落と日本人
第4章 日本食の将来

私がお世話になっている農家の方の作る野菜の味はとても濃くて鮮烈な味、香りがします。
有機栽培の野菜は食べたことがありますが、今まで食べた物とは全く違うものに感じました。

最近、どうも野菜や果物がうまくない。トマトにしてもスイカにしても、薄っぺらな味でコクがまったくないのだ。スカスカした歯触りだけがあって、まるで水っぽくて食べているような気がしない。試しに水に入れてみると、みんなプカプカと浮いてくる。こんなことは昔にはなかった。
確かに最近の野菜は味や香りが薄いと感じます。ニンジンやピーマン、玉ねぎ、トマト、なんでも甘くて水分が多くて食べやすいです。品種改良されて育ちやすく収穫量が多く、食べ易い品種が出来ているのだと思うのですが、子どもの頃に食べたような苦いピーマンや玉ねぎは店頭から姿を消してしまっているようで、淋しい気がします。

知り合いの農家の方は土作りの事を一番大切に考えていて、落ち葉を何十キロも集めてきては堆肥を作っています。また、落ち葉の種類によって出来る野菜の味が違うらしく、そういうのをいろいろ試してみるのも楽しいと言っていました。そして、いつも小泉さんが指摘することと同じようなことを言っています。本当に手間暇かかる大変な作業のようですが、それでもそれをするのはなぜか、なぜそれほどまでに土作りがが大切かという事をよく話してくれます。
今の野菜や根菜がまずくなった原因はいろいろあるだろうが、最大の理由は土が痩せてしまったことである。私に言わせれば、今の農家で使っている土の大半はインスタント土だ。畑に化学肥料を撒いて手っ取り早く作った土だから、そんなところでできた野菜や果物は、食べてもうまいはずがない。土は生きるものの命を作る根源であるから、土に力がなければ野菜にも力が付かない。
母なる大地とも言うように、土は野菜、命を育てる力を持っているんですね。昔の土と今の土の違いは、まず亜鉛、マンガン、コバルト、銅、マグネシウムなどの微量元素が減ってしまっていることだそうです。これは窒素、リン酸、カリの三要素を重視する化学肥料に頼り過ぎていることが原因の一つでしょう。あと土の中でいろんな役割を果たしてくれる小さな生き物や微生物がいなくなってしまっているそうです。これは農薬の影響でしょう。昔は、藁や落ち葉、屎尿、残飯、かまどの灰など集めて発酵させて堆肥を作り、捨てるものなどなかったようです。そうやって土を再生させて、田畑で作物を作り、という循環があったのですね。そして最近の野菜は昔に比べてビタミンやミネラルなどの栄養価が下がっているというのも当然の結果という気がします。ビタミンCだけを見てみても20年前と比べて半分近くに下がってしまっている野菜がたくさんあります。

これから自分でベランダ菜園をやってみようと考えている私としては、土作りについてもう少し勉強してみようと思いました。

家庭菜園での土作り

2010年11月19日金曜日

読書録 - 大西郷遺訓

最近は通勤電車に乗らないので、本を読む時間がなくて読もうと思って買った本がたまる一方。そんな中から一冊を紹介します。
この『大西郷遺訓』は、国学を少し勉強しようと思って物色しているときにたまたま見つけた本です。
あまり歴史の授業が面白く思えずに、学生時代にしっかり勉強しなかったこともあって、歴史に関しての知識はあまりありません。私が紹介する本はそんな人でも読みやすいはずです。

この本は西郷さんが言ったとされる言葉を、政治や人材といったテーマごとに、原文に意訳と解釈を付けて一つ一つ味わおうという趣旨のようです。


「政の大体は文を興し、武を振い、農を励ますの三つに在り。その他百般の事務は、皆この三つのものを助けるの具なり。この三つのものの中において、時に従い勢いに因り、施行先後の順序はあれど、この三つのものを後にして他を先にする更になし。」

これは、大事なのは教育、軍事、農業で、それ以外はこれらを助けるものだ、というわかりやすい例です。

日本の教育が衰退しているという声はよく聞きます。お隣の韓国などは留学して学位を取らないと見識があるとは認められないなどという熾烈な教育競争をしているようです。
軍事に関しては、日本は交戦権が否定されてしまっている憲法下で、立派な装備を持った自衛隊を持つといういびつな形です。
違憲なのに違憲ではないなどと言い加減な解釈をしたり。
農業は食糧自給率の問題と言い換えてもいいかもしれませんが、これも日本はお世辞にもいい状況とは言えません。
エネルギー自給率も低いので、燃料を使って生産される農産物の自給率は相当低いでしょう。

西郷さんの言葉は今を生きる私たちへの忠告とも言えるかもしれません。