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2011年4月11日月曜日

みそには放射能物質を除去する効果がある!?

1986年のチェルノブイリ原発事故があり、ヨーロッパの方々は放射能でばたつきました。その後にはチェルノブイリやヨーロッパ諸国へみその輸出が急増しました。
それまで、2トンくらいの輸出量が14トンにもなりました。 みそにはジピコリン酸という物質が含まれており、放射能物質を吸収して排出する作用があります。動物実験でも、放射能物質が速やかに排出され、筋組織への蓄積は少ないことが認められています。
ちなみに、ヨーロッパでお味噌の輸出量が増えたのには、秋月辰一郎先生というお医者様がレポートを書いたのも一因となっています。
長崎での爆心地の近くの病院で、お医者様をしていて、病院にいた医師や看護婦さんたちは、「豆腐とわかめの味噌汁」を飲んでいたため、原爆病にはならなかったとのこと。味噌の力は神秘的ですね!。。。素晴らしい!日本の伝統食!!

参考サイト:http://bit.ly/gKsm3q
日本一元気が出る月刊誌「みんなのうけひのもり」4月号より抜粋

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2011年3月29日火曜日

そのへんのものむしゃむしゃ―①ノビル―

虫も鳥も他の生き物も、何も教えられていないのに、自分が食べるべきものをちゃんと分かっている。けれどこの森では自分だけが、何を食べていいのか分からない。

森の中や草原、海、砂漠、そんな中に立った時、みなさんは自分が食べられるものを見分けられますか?

なんて考えてたら子供のころはその辺の草食べて遊んでいたことを思い出しました。
11日の地震から、家も電気もない生活を強いられることもある事を十二分に体験できたと思います。
食べ物が運ばれてこない事だってありえます。
また、野草や木の実は究極の季節の食べ物でもあります。
いざという時にも食べられるものを知って雑草のように逞しく生き抜いていこうぜ!!
ということで、「そのへんのものむしゃむしゃ」シリーズは草や木の実など、自然の中で食べられるものを紹介していきます。

今回はノビル。


のびる(野蒜) Allium macrostemon

ユリ科ネギ属
分布:東アジア全域。日本全国のあぜ道、堤防上など
食べられるところ:全草
季節:春から夏

都会だと河原の緑道、暗渠の上など多少水気の多いところに生えています。
岡の上に生えてることは少ないので、地形のへこんだところ、谷間の緑地を探してみると良いです。
犬の散歩道であることも多いので、気になる人は畑などを探してみましょう。

球根がちぎれないように根元からゆっくり引き抜いてください。
こうやって引き抜けたら成功!!
葉は刻んで万能ねぎの代わりに。
球根は洗って根をとるだけ。
ぴりっと辛くて味噌につけて食べると美味しいです。
お酒のつまみにもぴったりなので是非お試しあれ。

2011年2月21日月曜日

楽しいラジオ番組 ラジオ版学問ノススメ

リンクはこちら。http://www.jfn.co.jp/susume/

『日本の暦』では日本をよく知ろうというテーマの他に、日本の自立再生というテーマについても積極的に扱おうと思っています。その視点から、今回視聴して良かったと思ったのは2010年10月3日放送分の小泉武夫(東京農業大学名誉教授)の回。日本食、農業、食糧自給について語っています。オススメです。

PodcastやMP3形式のダウンロードに対応しています。

2011年1月30日日曜日

展開料理のすすめ

食事は毎日3回。それをきちんと栄養バランスを考えて食べる。
結構大変なんですよね。あれがいいこれがいい、こういうものはあまり良くない、でも今日はあれが食べたい・・・
正しい食生活も欲望との戦いと思うと辛くなってしまいます。本当はそれだけではないのですが。

そしてそれ以上に大変なのが3度3度の食卓を整えること。
作る事なんですよね。

料理本、料理番組、ネット検索と頭をひねりながらどうにかこうにか今日の献立が決まった(疲
という経験をしている方は少なくないと思います。
献立が決まったらば、さあ材料を買いに行きましょう、ということになって
分量は4人分、うちは3人だからじゃがいも400gのところを300gにしておこう・・・
そんな感じで1回分の食事を作る。

その繰り返し。
それを辰巳芳子さんが「家庭の台所仕事は、積んだりくずしたりの繰り返しで、どれほど愛に
つられても、自己を見失うような不安ともどかしさに、かられるものであります。」と仰っていました。(冬野菜 大根 と食事を作ることの大切さ 参照)
きちんと作ろうと思えば思うほど、果てしないような気の遠くなるような思いに駆られる
きっとそういうこともあると思います。

相克を抱え続けていると人間の尊厳が傷つく
これを否定しても苦しいです。

現代人は忙しいです。いつも時間に追われています。
食事の用意も同じです。
しかしその慌しさの中で手早く段取り良く片付けてしまいたい、と思うとき
子供たちとゆったりした時間を過ごしたい、家族のだんらんの時間を持ちたい、
仕事や家事だけで1日を終わらせたくない、自分の時間が欲しい、好きな人たちと楽しい時間を過ごしたい
そういう気持ちが根底にあると思うのです。

だから展開料理。
1回分を毎度毎度作る、作りたては美味しいのですが
次もまた1から作らなければ食べるものがない。
それは「その日暮らし」ともいえるのではないかという気がします。

展開料理といってもそれほど難しいことではなく
余分に作っておいて次の日も、またその次の日も使いまわす、という方法です。
例えば野菜を余分にゆでたり蒸したりしておいて
それを汁物の具、オムレツやコロッケの具、サラダ、というふうに使いまわす。
カレーなら皆さんよくやってらっしゃると思います。
カレーうどん、ドリア、グラタン、コロッケ、カレーパンに姿を変えて。
この発想を下ごしらえの段階から持つということです。

ちょっぴり能率重視、時間重視、の方法だとは思いますが
その中で心を込めることは出来るはずです。
たまーーに凄く栄養バランスのとれた食事を一生懸命こしらえることよりも
毎日安くて栄養バランスが良くて、その時の家族の健康状態にあった、食事を整えること方が大切なんですよね。
それが生活ですよね。

辰巳芳子さんは暮らしと生活の違いをこう述べています。
「暮らし」と「生活」は違います。
「暮らし」は一日一日の実態であり、個人に属することだと思います。
「生活」はその実態の集積であり、そこからひとつの概括が生まれ、より普遍化されたもの。
社会性を帯びたものだと思います。人間がみんなでともに考え合い、助け合って生きやすくするための要素が「生活」です。


確かにそうなのかもしれません。
実践とその積み重ねが大切。これが人間の精神を磨いていくものなのかなぁと感じます。
そのためにも、無理なく楽しく続けられることも大切なのですよね。

2010年12月1日水曜日

握り飯の神秘

食の堕落と日本人
第3章 美しき哉、日本食の本質

握り飯は「おむすび」とも言うが、これは単に手で結ぶからだけではない。江戸時代の国学者、新井白石が著した『東雅(とうが)』によると、「むすび」は『古事記』の中に現れる「産巣日(むすひ)」または「産霊(むすひ)」と関係があるという。いずれも、「万物を生み、成長させる、神秘的で霊妙な力」を指すことばで、「むす」は「発生する、生える」の意、「ひ」は「心、霊」の意である。
握り飯は何やらとてつもないパワーが込められている食べ物なのかもしれません。とてもシンプルで素朴な食べ物なのに、とても満足感があって不思議とうきうきとするような高揚感を感じます。そして何も具の入ってない真っ白な握り飯であっても米粒のおいしさを堪能できます。
 
握り飯は「おむすび」「おにぎり」とも呼ばれますが、調べてみると、この二つは意味が違っているように思います。「おむすび」は上記のように古事記の神産巣日神(かみむすひのかみ)に由来している、一方で「おにぎり」はご飯を「握る」という動作を表したにすぎないような感じでしょうか。

「おむすび」には昔の人の稲作、お米に対する特別な思いを感じます。稲は「い」=いのち+「ね」=根っこ、なんだそうです。また、男女が結婚するなど新しい縁を作ることを「むすぶ」といい、「むす」に「こ」あるいは「め」がつくと「むすこ」「むすめ」といいます。これが「むすぶ」という意味の本質なのでしょう。田植えや畑仕事は生きていく糧を得る営みです。そういう生産活動をした後で、万物を生む霊力を持つおむすびを食べる、そういう新たな命や力が生まれる循環をとても大切にしていたのではないかと感じます。そう考えると「おむすび」という言葉の方を大切にしたいなぁという気がしてきます。

                                          おむすびの具はやっぱり鮭がいちばん好きかな
いろんな具を入れてみるのも楽しそうです→

2010年11月28日日曜日

誰にでも簡単にできる土作り!

誰にでもできる、家庭でできる土作りだそうです。家庭菜園をするとなると、堆肥を買ったり、グッズをそろえたりと何かと出費が多くなりがちですが、生ごみをたい肥にして土作りをすればお金もかかりません。
このような生活の中での実践を、うけひのもり学園でやっているようです。
うけひのもり公式HPはこちら!
http://ukehi.com

2010年11月25日木曜日

お箸のこころ

箸の語源

大和言葉の「は」 物の両端、物と物との境目
大和言葉の「し」 物をつなぎ止める、固定する、固着する、静止するなどの意

この二つの言葉を組み合わせた「はし」ということばは、向こうとこちらの二つの世界をつなぐ橋渡しの役目を持つ道具につけられたものだそうです。
例えば、端と端をつなぐ「橋」、高いところと地上をつなげる「はしご」。
そして、「お箸」もつなぐものです。一方の口に運ぶ先は人のもの、もう片方の端は神様のものとして考えられていました。食事の時にはお箸に神様が宿ると考えられていたそうです。

また、お供え物をするときにも「竹」が神様と人=もの(者)とをつなぐ役目をしたことから
その道具が「箸」と呼ばれるようになったといわれています。使うことで神様に感謝を捧げる、人と神様を結ぶ「橋渡し」の道具だったのでした。 

日本人の食事といえば、お箸を使うという行為があります。
正しいお箸の持ち方や、不作法とされる使い方など行儀や作法にも気を付けたいですが
お箸というものは器から口へ食べ物を運ぶための単なる道具ではないのですね。
まず、このお箸の由来、ご先祖様の発想、その心がとても素晴らしいと感じました。

昔の人は、どこへ行くにも自分の箸を持っていき、食事が終われば箸を手拭いでふいて箸入れにしまっていたそうです。今でいうところのマイ箸みたいですが、そればかりではなく死んだ時はお棺の中に箸を一緒に入れたりもしたそうです。

プラスチック製のお箸や使い捨ての割り箸などではなく、美しいお箸を持って大切に使いたくなりますね。長い長い年月、受け継がれてきたお箸のこころを知れば、自然とお箸の行儀や作法を敬う気持ちも湧いてくるのではないかと思います。

2010年11月24日水曜日

読書録 - 食の堕落と日本人

厳しいことがビシバシと書かれている小泉武夫さんの著書「食の堕落と日本人」 
第1章 日本食を食べない日本人は堕落するを読んで
食生活が乱れるとその人の体調が崩れるのと同じく、国民の食の周辺が乱れてくると、その国の社会も乱れてくる。
(中略)
そんな国になり下がった日本人だから、国の力もガタガタ低下。国民一体になって日の丸弁当と握り飯でがんばって、高度経済成長を実現し、世界一の富める国を築いたまではよかったが、皆が浮かれて民族としての生きる知恵や基本を忘れてしまったとたんから、食い物は外国からカネで買えば楽だわ、魚だって捕るの面倒臭いから外から買うのがちょうどいいわ、ということになって、食べ物は作らないわ、加工もしないわという堕落心がはびこってきたのである。

食事療法や健康維持の観点からご先祖様の昔ながらの知恵や習慣に沿った食事が理にかなっているのですよ、という切り口の本はたくさんありますが食文化の放棄・堕落が、民族性の放棄や食料自給率の問題、国防的観点にまで言及されているものは少ないのではないかと思います。
「金があるんだから買ってくればいいじゃないか」という発想が堕落の原点だと筆者は訴えています。まさに民族の存亡に関わる重大な現象であると。

お腹がすいたら食べ物を口に入れてお腹を満たす。
食べるとは、ただそれだけの行為ではありません。何となく、やれ暇だ退屈だと、あるいは何かほかの欲求を満たす代わりに食べ物を口へ入れるということがあります。そこには個々ののライフスタイルや様々な事情があり、それにとやかく口出しをするのは余計なお世話とでも言われてしまいそうな昨今ですが。でもあえて厳しい言い方をすれば、これはやはり堕落なのだと。

食べ物に感謝するのは大切なことです。まずは頂いた命に感謝。こうして食べられることに感謝。作ってくれた人や調理してくれた人にも感謝。そしてその次に、もっと大切なことがあります。
それは、その食べ物を無駄にしないように目的を持って、家族や周りの人の為、世の中の為になるような行いを心がけて生きるということです。頂いた命を無駄にしない、自分はそれらに生かされているということはそういうことなのだと。感謝する気持ちはあってもなかなか、ここまでの発想は出来ていない。自覚することとは自らをわきまえること、即ち気持ちを行動にまで向かわせることなんですね。
「食べ物で得たエネルギーは無駄にせずに何かを生産する為に使ってほしい」小学校の授業で筆者は子供たちにそう伝えたそうです。そういうエネルギーを作るために私たちはご飯を食べるんだと。

食べる事の意味を考えながら、日本食の素晴らしさについてもっと知りたいと思いました。