2011年5月31日火曜日

開拓者と友達

日本の暦の中の人たちが最近始めた家庭菜園。
初めての経験で知らないことばかりですが、試行錯誤しながら楽しんでいます。
大豆、プチトマト、米など、いろいろな作物の栽培を始めました。農家ではありませんし、都会に住む人が多いので、作物を栽培する土地は限られます。なので、狭い土地をできるだけ有効に活用して、いろいろなものを栽培したいと思います。
また、自分の口に入れるものですから、なるべく農薬や化学肥料などの化学物質の使用を控えたいとも思います。

表題の開拓者と友達。
開拓者はパイオニアプランツ。友達はコンパニオンプランツです。パーマカルチャーの用語です。

パイオニアプランツは、植物が生えていない裸地に最初に定着する植物で、土中の窒素を固定したり、硬い土をほぐしたり、土中の塩分濃度を薄めるなど、後から生える植物にとって好ましい環境に変える役割を果たす開拓者です。
日本では古くから水田の脇にハンノキを植え、共生する菌によって土中に窒素を固定させながら、刈り取った稲を干して乾燥させて利用していました。
家庭菜園であれば、マメ科のクロタラリア(コブトリソウ)がおすすめ。窒素を土の中に固定する働きがあり、鋤き込めば緑肥になり、センチュウを抑制する効果もあります。
水田で昔から利用されてきたレンゲソウもパイオニアプランツと考えられます。土の中に窒素を固定する、鋤き込めば緑肥になる、休耕田の雑草防止なる、といった働きがあります。

コンパニオンプランツは、害虫防除などの目的で2種類以上の植物を組み合わせます。この組み合わせの植物同士をコンパニオンプランツを言います。


相性のよい作物などで構成された植物群をギルドと呼びます。
パーマカルチャーは、多種作物栽培による小規模集約システムです。
ギルドによって多様性と生物資源の活用が促進されます。
このコンパニオンプランツの組み合わせに注目して、種蒔きの時期と収穫の時期に合わせて、年に何種類かのギルドを作っていきます。


左の写真は大豆とコンパニオンプランツのプチトマト(小さい葉っぱ)





次の表はコンパニオンプランツの組み合わせです。


調べたい植物 相性のいい植物
ユリ科 アスパラガス、ネギ、ニンニク、アロエなど
ナス科 トマト、ピーマン、ナス、ジャガイモ、トウガラシなど
ウリ科 カボチャ、メロン、スイカ、キュウリなど
アブラナ科 ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、キャベツ、ケールなど
ナス科 トマト、ピーマン、ナス、ジャガイモ、トウガラシなど
ユリ科 アスパラガス、ネギ、ニンニク、アロエなど
マメ科 インゲン、ダイズ、アズキ、ソラマメ、ササゲ、エンドウなど
シソ科 エゴマ、セージ、タイム、ハッカ、ラベンダー、ミント、バジル、サルビアなど
マメ科 インゲン、ダイズ、アズキ、ソラマメ、ササゲ、エンドウなど
ナス科 トマト、ピーマン、ナス、ジャガイモ、トウガラシなど
イネ科 稲、アワ、ヒエ、コムギ、トウモロコシ、タケなど
セリ科 ニンジン、パセリ、フェンネル、セロリ、ミグバ、ウドなど
アブラナ科 ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、キャベツ、ケールなど
ユリ科 アスパラガス、ネギ、ニンニク、アロエなど
シソ科 エゴマ、セージ、タイム、ハッカ、ラベンダー、ミント、バジル、サルビアなど
セリ科 ニンジン、パセリ、フェンネル、セロリ、ミグバ、ウドなど
キク科 ヒマワリ、ゴボウ、マリーゴールド、レタス、タンジー、シュンギクなど
シソ科 エゴマ、セージ、タイム、ハッカ、ラベンダー、ミント、バジル、サルビアなど
アブラナ科 ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、キャベツ、ケールなど
ナス科 トマト、ピーマン、ナス、ジャガイモ、トウガラシなど
イネ科 稲、アワ、ヒエ、コムギ、トウモロコシ、タケなど
マメ科 インゲン、ダイズ、アズキ、ソラマメ、ササゲ、エンドウなど
ウリ科 カボチャ、メロン、スイカ、キュウリなど
セリ科 ニンジン、パセリ、フェンネル、セロリ、ミグバ、ウドなど
アブラナ科 ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、キャベツ、ケールなど
マメ科 インゲン、ダイズ、アズキ、ソラマメ、ササゲ、エンドウなど
バラ科 イチゴ、ウメ、モモ、ナシ、リンゴ、ラズベリーなど
バラ科 イチゴ、ウメ、モモ、ナシ、リンゴ、ラズベリーなど
セリ科 ニンジン、パセリ、フェンネル、セロリ、ミグバ、ウドなど
キク科 ヒマワリ、ゴボウ、マリーゴールド、レタス、タンジー、シュンギクなど
ウリ科 カボチャ、メロン、スイカ、キュウリなど
ユリ科 アスパラガス、ネギ、ニンニク、アロエなど
イネ科 稲、アワ、ヒエ、コムギ、トウモロコシ、タケなど
キク科 ヒマワリ、ゴボウ、マリーゴールド、レタス、タンジー、シュンギクなど
キク科 ヒマワリ、ゴボウ、マリーゴールド、レタス、タンジー、シュンギクなど
バラ科 イチゴ、ウメ、モモ、ナシ、リンゴ、ラズベリーなど
アブラナ科 ハクサイ、カブ、ダイコン、ワサビ、カラシナ、キャベツ、ケールなど
ウリ科 カボチャ、メロン、スイカ、キュウリなど


段ボールでコンポストを作って、今までは生ゴミとして捨てていた野菜の切れ端を肥料化する、発酵熱で水を温めてそれを利用して苗を温める、米のとぎ汁から乳酸菌を作って菜園で利用する、雨水や井戸水を炭などを使って浄水して菜園で使う。
何か一つ始めると、それをきっかけにいろいろなことがやりたくなります。アイデアも湧いてきます。
中にはもっと広い畑が欲しいと言い出す人もいます。
市民の農民化でしょうか?

何度かこのブログでも触れていますが、作物が作られてから食卓に食品として並ぶまでに、長い距離、多くの人手、多くの資源が費やされています。
最初から最後まで自分の手で育てられる家庭菜園の作物。
これ以上安全で無駄のないものはありませんね。

2011年5月26日木曜日

とっくに破綻していたGHQ憲法

JJ太郎さんのブログより転載です。
http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110510/1305030792


とっくに破綻していたGHQ憲法

欺瞞との馴れ合いが続く。

 平成2年(1990年)に勃発した湾岸戦争で翌年に日本海上自衛隊の掃海部隊が活躍しました。この掃海部隊は戦後間もなくの頃、米軍機が撒いた機雷の除去作業も行っており、国内の掃海作業を行っただけでなく、朝鮮戦争にも参戦しています。

 昭和25年6月25日、北朝鮮軍が国境を破って韓国領内に進撃し、韓国軍と国連軍は一時釜山周辺まで追い詰められました。そこで連合軍は北朝鮮西岸の仁川に奇襲上陸をかけて成功しています。そして北朝鮮の東岸にある元山港の占領を計画しましたが、そこには連合軍の上陸を予想して北朝鮮軍が施設した3000個に及ぶと予想されるソビエト製の機雷がありました。連合軍は対機雷戦に関しては兵力、経験とも十分ではありませんでした。そこで日本掃海隊がクローズアップされ、米極東司令官から掃海部隊の出動要請が出たのです。

 日本はGHQ占領憲法下であり、第九条には戦争の放棄をうたっているのですから、海外派兵はできません。しかし、これは秘密裏に進められ、日の丸も軍艦旗も掲げられない掃海部隊が派遣されました。地上からの砲撃のある戦場へ行ったのです。掃海艇の一隻が機雷に接触し、戦死1名、重軽傷者18名を出しています。

 GHQ憲法は”オキュパイド・ジャパン”(被占領日本)の下で既に破綻していました。考えてみれば夢見る少女のような憲法前文と憲法九条など破綻して当たり前でしょう。国際社会はまだまだ厳しいのです。

 平成15年から平成21年まで行われたイラク派兵についてもGHQ憲法は破綻しています。GHQ憲法九条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」と書かれており、武装して他国に入れば既にそれは「武力による威嚇」に該当します。

 弁護士の南出喜久治氏によるとこの「武力による威嚇」について国会で全く審議されなかったので、民主党の末松代議士にこのネタを言ったら、末松氏はイラクの特別委員会でそれを指摘し、政府は全然答弁ができてなかったといいます。つまりGHQ憲法という憲法の名をかたった欺瞞との馴れ合いが続いているということです。

 GHQ憲法の九条は「国の交戦権は、これを認めない」と書いていますが、交戦権というのは戦争行為を遂行又は停止し、最終的には講和条約によって戦争を終結(講和)することですから、交戦権がければ講和権もない。GHQ憲法には講和権などどこにも書いていないでしょう。したがってサンフランシスコ講和条約を結ぶことに対してGHQ憲法には法的根拠がないということになります。ですから法的根拠は明治憲法第13条ということになります。

 第13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス

 このようにGHQ憲法は憲法として機能していません。また、その出自は正統性がなく、明治憲法の憲法改正条項にも違反しており、憲法ではなく、いわばGHQによる占領基本法、あるいはGHQとの交渉経緯から講和条約の一環と解釈するのが妥当と言えます。

 そもそもGHQ憲法の目的は日本を二段階にわけて共産化することが目的です。これにはCIAの前身組織であったOSSの中のフランクフルト学派という隠れマルクス主義者が大きくかかわっています。九条は共産革命を起こしたとき、軍隊が阻止しにくることを恐れたため、軍を持たせないようにしたのです。こうしたことは、近年アメリカの資料公開によりだいぶわかってきていますが、政治家もマスコミも沈黙を続けています。


参考文献
 光人社「ペルシャ湾の軍艦旗」碇義朗(著)
 総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
 ビジネス社「日本国憲法無効宣言」渡部昇一・南出喜久治(共著)

食に関する外国からの攻勢

パプリックコメントの募集がありました。
案件はこれです。

遺伝子組換えセイヨウナタネ、トウモロコシ及びワタの第一種使用等に関する承認に先立っての意見・情報の募集について

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=550001373&Mode=0

日本の食卓に並ぶ味噌や醤油などの原料である大豆なども、遺伝子組み換え品が入ってくることが危惧されましたね。
豆腐や納豆を買うと、遺伝子組み換え品じゃない、国産大豆だ、と明示している場合があります。

地震災害や原発事故被害などの影に隠れるように、このような要請がなされることは少なくありません。

東北で多くの農産物が出荷停止に追いやられ、出荷されても買い控えが予想されます。
農業の疲弊が心配です。

ただでさえ、食料自給ができていない日本です。農作物の輸入にとどまらず、今後、種さえもが外来のものが持ち込まれ、しかも、その種も人為的に操作されたものになる。
なんとも恐ろしい話ではないですか。

命を種から握られてしまうなんていうことになったら、自立して生きていくこともままなりません。

政府が信用できない人、行政が当てにならないと思う人。
将来の食のことを真剣に考えてみませんか?

このブログでは、これまでにも何度か食に関わるテーマの投稿がされています。
それらも併せて読んでいただきたいと思います。

ちなみに日本の暦の中の人たちは、みんな家庭菜園を始めています。
始めてみると、もっと畑が欲しいとか、将来転職したら、家を建てたら、もっと菜園がやりやすい場所に住みたいとか、いろいろと考えるようになります。
家庭菜園とバカにするなかれ!です。
小さくてもいいから、家庭菜園を始めてみてはどうでしょうか?

2011年5月18日水曜日

自尊自立のための家庭の医学 番外編4 病気の成り立ちを知ろう 

医師不足、と言われるほど病気の人が多い近頃・・・

○○病と診断されると、病気になると、病気になった自分の体が何やら不完全で悪いような気がします。
でもやっぱり安保徹先生の言うように病気になる原因があるってことを私たち自身が知る必要がありますよね。





ああ、病気って言われるから病気の人が増えてるんだ・・・(笑)。でもそういうことですよね。

<病気の成り立ちを知る>

・病気になるのは、体の異常からよりもむしろ、真面目で頑張りすぎたり、辛い環境にいたこ とによって体に負担をかけ過ぎていることから生じるものが多い
・だから生活や考え方を変えて、体に負担のない生き方を自分で模索していかなければいけな い。100%医療機関に頼るのは行き過ぎ
・病気には病気になる原因がある。病気というレッテルを張るよりも「これ以上頑張ったらわ が身が破たんする」という限界を学んでおくことが大切

病気=不完全である=自己卑下=完璧主義=~じゃないとダメ=執着=我欲
こんな風に考えると、原因は自分の中にあり、自分の何かを変えていかなければいけないということに気がつく事が出来るかもしれません。
楽しい人が我が身を省みることがあるでしょうか、順風満帆の人が自己批判や反省をするでしょうか、やはり何がいけなかったのかと考えるときって苦しいときなんだと思います。

原因は自分の内側ににある
外側に原因を求めるばかりではいけない
しかし、外側は悪くなるばかりです。一体どうすればいいのでしょう・・・ここしばらくそんなことを考えて悶々としていますが、とりあえず、自分に全く責任がない完全な被害者ではないということだけは確かなんですよね。安保先生がよく仰るのは、とにかく感謝すること。今生きてることに感謝。頑張りすぎずに頑張るためには、自分をよく知りそのバランスをうまく取る工夫が必要なんですよね。悩みが深い時には体が無理する時よりも早く病気になってしまいます。もっと泣いたり笑ったり怒ったりしてもいいのかな・・・公の場でむやみやたらに「怖い」とか「可哀相」「ひどい」などと感情を発散するのは不用意に周囲の人を不安にするから控えるほうがいいと思っていました。いつもいつもそうではないのかもしれない。特に今はそんなふうに思います。・・・結局いつも行きつく先はバランスの問題ですね。。自律神経も行ったり来たりしながらバランスするんですもんね。

 
<病気から脱却する反応を知る>
 

・ストレス→血行障害(交感神経優位)→ストレスから解放(副交感神経優位)→血流が回  復→ズキンズキンする頭痛(偏頭痛)
・花粉症、アトピーなどの症状→早く体から抗原を出そうとする
・病気は体が出来が悪くてなったのではなく、自分が頑張りすぎたり真面目すぎたりする生  き方をしてなったという感覚を持てば自分主体の人生になって行く
 
これが体が治ろうとすることで起こる反応ですね。
だからやっぱり病気は、症状は大切なことを教えてくれるんだと思います。苦しいですけどね。

2011年5月17日火曜日

神祭と稲作 〜お伊勢さんと稲作 天照大御神から授った神國日本のお米 斎庭の稲穂の神勅〜

 伊勢神宮の御祭神、天照大御神(皇大神宮)、豊受大御神(豊受大神宮)は、共に稲作に深い関わりを持つ神さんです。


 天照大御神は天孫降臨の際、

一、天壌無窮の神勅  『豊かな葦原の水(瑞)穂の國は皇孫のしらしめす國です。天つ神の日嗣(ひつぎ)である皇孫と御國は天壌無窮に榮ます。』

二、宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅  鏡をお授けになり、『この鏡を私とおもって、常に側において斎祭(いつきまつり)なさい』

三、斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅  皇孫に稲穂をお授けになり、『大切に育て継承しなさい』

と、三大神勅を下されました。  

天皇陛下所知めす皇國は、水穂の瑞々しい穂の國であり、稲穂を神鏡と同じく、天照大御神からの授かりとして大切にし、稲作を継承していけば、いつまでも豊かな稲穂の実りのある國なのです。  

 *畏くも、  天皇陛下は、皇居の神田で、稲種まき、お田植え、御収穫をされています。  誠に神勅の隨々(まにまに)です。  天皇陛下のお田植えは誠に尊いお姿です・・・皇尊 彌榮 々々 々々!


 豊受大御神は、天照大御神へ御神饌(御饌・みけ)をたてまつる御饌都神(みけつかみ=食物の神)さんです。外宮さんの御饌殿では、朝夕二回『日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうのおおみけさい)』にて、天照大御神はじめ、神宮の神さんへ大御饌をたてまつります。  御饌の主役は勿論お米です。稲穂です。 そして、豊受大御神(地元では外宮さん、豊受さん)は、稲作をはじめとして、衣食住の産業の神様で、私達の生活にとても親しみのある神さんです。


 お伊勢さん(皇大神宮、豊受大神宮)のお祭りは、殆どが稲作と関係し、稲作の時期に合わせて行われます。  

##伊勢神宮HPの 神宮のお祭りと行事 から抜粋させていただき、稲作現場と関連させて書き直してみました。昔の田植えと稲刈り、収穫、脱穀に合わせて大祭がなされています。

 *昔は、6月(今は5月上旬)に田植えが行れたようです。それから見ると風雨の神さんの祭、大御神へ特別な神饌(みけ)を供える祭が前後してあるのも興味深いですね。(ちなみに風日祈宮さんは、元寇阻止の宮さんとして別宮に昇格しました)。  

 *昔は、10月〜11月(今は8月中頃)くらいが稲刈り収穫だったようですので、その前後に大祭が集中してますね。  


2月17日〜2月23日 祈年祭(としごいのまつり)   五穀豊穣祈願祭 旧正月後の田作りの前の祭

4月上旬 神田下種祭(しんでんげしゅさい)  稲種を神田にはじめて下し奉る祭 稲の籾種まき無事早苗が育つように。

5月14日 風日祈祭(かざひのみさい)  風日祈宮(風の神様)に風雨の恵み、五穀豊穣のお祭り。

6月15日〜6月25日 月次祭(つきなみさい)  由貴の大御饌(ゆきのおおみけ)を奉り、五穀豊穣、治國平安の祭。田植えが終るあたり。

8月4日 風日祈祭   風の神へ御幣を奉り、風雨の恵み、五穀の豊穣をお祈りします。

9月上旬 抜穂祭(ぬいぼさい)  神田にて神嘗祭に奉るご料米の御稲穂(おんいなほ)を抜きまつるお祭り(神宮神田)。

10月15日〜10月25日 神嘗祭(かんなめさい)  その年の新穀を大御神に奉り、ご神徳に報謝申し上げるもっとも由緒深いお祭り。  

11月23日から 11月29日まで 新嘗祭 (にいなめさい)  新穀を天皇陛下御自ら神々に奉られ、また御自らもお召しあがりになる大儀が宮中で行われるに際して、神宮へは勅使を御差遣(ごさけん)されて、奉幣の儀が行われます。また、それに先だって神饌を奉り大御饌の儀を行います。  *新米は陛下が食しめし(きこしめし)いただいた後、臣民はいただきます。

12月15日〜12月25日まで 月次祭  由貴の大御饌(ゆきのおおみけ)を奉り、五穀豊穣、治國平安の祭。

毎日 日別朝夕大御饌祭 (ひごとあさゆうの おおみけさい) 年中、毎日朝夕の2度、外宮の御饌殿で、両正宮、同相殿神(どうあいどののかみ)および各別宮諸神にお供えものを奉ります。


 以上のように神さんからお授かりした稲の祭を奉り、神宮神田で稲作を行い、御神田で収穫されたお米を神饌として奉ってます

 神宮のお米は、神宮神田で、籾種蒔きから田植え、そして稲刈りまで大切に育てられて、神嘗祭(かんなめさい)に初穂を供え、天照大御神に新米を奉りお召し上がりいただきます。

 つぎに新嘗祭(にいなめさい)です。 天皇陛下御自ら新穀を神々に奉り自らもお召しになられ、神宮へ勅使を使わされて神宮では奉幣の儀が行われます。

 天皇陛下が新嘗祭で新米をお召し上がりになられてから、私たち皇民(臣民)は、ありがたくいただきます。 つまり、神さん→天皇陛下→皇民の順序で新米をいただくのが、神國日本の伝統です。

 天皇陛下 所知(しろし)めす。わが神國日本、豊葦原瑞穂國、豊葦原之千秋長五百秋之水穂國において、神嘗祭の十月十七日、新嘗祭の十一月二十三日は御國をあげての大祭日です。そして、大嘗祭(おほにへのまつり)は、天皇陛下が御即位の年に初めて行う新嘗祭です。御一代一度限りの新嘗祭です


 神宮神田で平成の御代(平成元年秋)に新たな御神米がお生まれになりました。 台風直後の朝、御神田のなかで、たった2本だけ御柱のように太く御稜威のある稲がたっていました。イセヒカリさんです。

 天照大御神より御皇孫のしらしめす稲穂の國にお授けいただいたイセヒカリは、反あたり十表以上の収穫で美味しくて、台風にも倒れず虫や病気にも強い、良い事づくめの稲穂の命さんです。

 イセヒカリさんは、ゆっくり育つ稲のようです。いいかえれば昔の稲作サイクル、伊勢神宮(のみならず日本各地)の田んぼの神祭にあわせているかのようです。


 今の米作りは五月の連休に田植え、御盆の連休に刈り入れます。これは、殆どが兼業農家のためと、台風がくる前に収穫しようとするため、そして流通販売のためです。 そのため日本の神社の田祭の時期(本来の稲の育ち)と今の稲作サイクルがずれてしまって、実感がわかなくなってきています。なんのための祭か忘れてしまっている感じがあります。私の村でも村社の神祭(田祭)は6月1日(旧田植え前)と12月1日(新嘗祭と旧収穫後)で現代の稲作時期とずれています。

つまり、人間の都合で稲作直を早め縮めているわけです。さらに、化学肥料と農薬を使い続けています。日本人の伝統的な思いでは、古事記や書記にでてくるように、田んぼも、土も水も稲も神さんです。神さんに対して(*日本的な意味での)神の子として誠に申し訳ない事をしているようです。

(* 明治天皇陛下の御製「罪あらば吾をとがめよ天津神 民はわが身の生みし子なれば」にあるように天照大御神の御皇孫の皇民もありがたくも明津神の子です。田祭が行われる神社の氏子は、神の子です。)

 私見ですが、イセヒカリの生(あれ)ましは、今一度、神祭と稲作、神さんと 天皇陛下へ感謝御礼してから籾種を撒き田植えをし、収穫したら天照大御神はじめ神さんたちと天皇陛下、ご先祖様へ奉り報恩感謝してからありがくいただく。この当たり前の神事を当たり前に、全皇民が、やりなさいと天照大御神、豊受大御神さんからの御神託のような気がいたします。

 街暮らしの方は、日本の神さんと 天皇陛下へ感謝御礼の神奉りをしながら、バケツ稲やプランターの陸稲、室内、屋上庭園などを育てて収穫し、天照大御神はじめ八百万の神々、天皇陛下、ご先祖様へ、報恩感謝の気持ちでいただくのはいかがでしょうか。稲穂の神國日本が感じられると思います。


天皇(すめらみこと) 彌榮(いやさか) 彌榮(いやさか) 彌榮(いやさか)

天皇陛下   万歳   万歳   万歳   !

日ノ本の人として 日々の神祭(祭祀) 神棚拝礼と神社参拝

 私が小さなころ、朝起きると祖父は神棚さんを拝し祝詞をあげていました。神棚さんは昔も今も一家の中心です。そして神社は村や町の中心であり、その最たるものは天照大御神坐します伊勢神宮です。私達は父母、お爺さんお婆さん、ご先祖さんへ、そして すめらみこと 天皇陛下 へ、そして天照大御神はじめ八百万の神さんたちへとつながっています。

  私たち日本人は、天照大御神の日嗣御皇孫(ひつぎのすめみま) 天皇陛下 所知(しらしめす)日ノ本の皇民(おほみたから)です。 

 天照大御神はじめ八百万の神さんたち 天皇陛下への感謝御礼を申し上げる日々の神祭(祭祀)は、日ノ本の人としてかかせません。

 神棚拝礼、神社参拝の方法は、各々の家や地域、神社により多少ことなります。よろしければ、ここであげる拝礼、祝詞を、ご参考いただき、日々の神祭にお役立ていただければ幸いです。


神棚拝礼の作法

二拝

二拍手

一拝


祝詞奏上の作法

二拝

祝詞奏上

二拝

二拍手

一拝


次に、基本的な祝詞です。神社本庁の神拝詞からです。

なお、神拝詞は、神社の神職さんや総代さんにおたづねください。私は伊勢神宮へ御神楽奉納の際にいただいています。


祓詞 

 掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等 諸々の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す

はらへことば 

かけまくもかしこき いざなぎのおほかみ つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに みそぎはらへたまひしときになりませるはらへどのおほかみたち もろもろのまがごと つみ けがれあらむをば はらへたまひ きよめたまへとまをすことを きこしめせと かしこみかしこみもまをす


神棚拝詞

此れの神床に坐す掛けまくも畏き天照大御神 産土大神等の大前を拝み奉りて 恐み恐みも白さく 大神等の広き厚き御恵を辱み奉り 高き尊き神教えのまにまに 直き正しき真心もちて 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に励ましめ給ひ 家門高く 身健に 世のため人のために尽さしめ給へと 恐み恐みも白す

かみだなはいし

これのかむどこにます かけまくもかしこき あまてらすおほみかみ うぶすなのおほかみたちのおほまえをおろがみまつりて かしこみかしこみもまをさく おほかみたちのひろきあつきみめぐみをかたじけなみまつり たかきたふときみをしえのまにまに なほきただしきまごころもちて まことのみちにたがふことなく おひもつわざにはげましめたまひ いへかどたかく みすこやかに よのためひとのためにつくさしめたまへと かしこみかしこみもまをす


祖靈拝詞

代代の先祖達(何某の御霊)の御前へを拝み奉りて慎み敬ひも白さく 広き厚き御恵を辱み奉り高き尊き家訓のまにまに 身を慎み業に励み 親族家族諸諸心を合せ 睦び和みて敬ひ仕へ奉る状を 愛しと見そなはしまして 子孫の八十続に至るまで 家門高く立ち栄えしめ給へと 慎み敬ひも白す

よよのみおやたち(【ご先祖名】のみたま)のみまへをおろがみまつりて つつしみうやまひもまをさく ひろきあつきみめぐみをかたじけなみまつり たかきたふときみをしへのまにまに みをつつしみわざにはげみ うからやからもろもろここをあはせ むつびなごみて うやまひつかへまつるさまを めぐしとみそなはしまして うみのこのやそつづきにいたるまで いへかどたかくたちさかえしめたまへと つつしみうやまひもまをす


基本的な神社参拝方法

神社本庁さんのHPにとてもわかりやすい動画あります。

是非一度御覧になってください。

http://www.jinjahoncho.or.jp/iroha/omairi/index8.html


祝詞奏上の作法

二拝

祝詞奏上

二拝

二拍手

一拝


神社拝詞

掛けまくも畏こき 【神社名】の大前を拝み奉りて 恐み恐み白さく 大神の広き厚き御恵みを辱み奉り 高き尊き神教へのまにまに 天皇を仰ぎ奉り 直き正しき真心以て 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に励ましめ給ひ 家門高く 身健やかに 世のため人のために尽くさしめ給へと 恐み恐みも白す

じんじゃはいし

かけまくもかしこき 【神社名】 のおほまへをおろがみまつりて かしこみかしこみもまをさく おほかみたちのひろきあつきみめぐみをかたじけなみまつり たかきとほときみほしへのまにまに すめらみことをあふぎまつり なほきただしきまごころもちて まことのみちにたがうことなく おひもつわざにはげましめたまひ いへかどたかくみすこやかに よのためひとのためつくさしめたまへと かしこみかしこみもまをす

政府が「食べ物の自由」を奪う~食品安全近代化法の修正案はブタに口紅~

筆者(訳者)の公開方針に従って引用させていただきました。
オリジナルはこちらです。
http://tamekiyo.com/documents/others/s510radyananda.html

政府が「食べ物の自由」を奪う~食品安全近代化法の修正案はブタに口紅~


THE FOOD SAFETY MODERNIZATION ACT: THE US GOVERNMENT'S ASSAULT ON "FOOD FREEDOM"


レイディ・アナンダ
By Rady Ananda
2010年11月23日

 食品安全近代化法(Food Safety Modernization Act、上院510法案)に対する反対派の意見も操作されており、テスター修正案によって、可決されるべき法律に昇格したような印象をアメリカ人に与えたがっている。テスター修正案は、頭部の傷にバンドエイドを貼るようなものである。米国史上で最も殺人的(リーサル)な政府機関〔訳註:FDAのこと〕が、農場から食卓まで食糧供給の支配を握ることを、この修正案では止めることはできない。
 現在、巨大アグリビジネスが510法案に反対しているが、我々は引き続きこの法案に反対しなければならない。これは連邦政府による食糧の自由への攻撃である。アグリビジネスは、テスター修正案に盛り込まれた適用除外には、常に反対してきた。アグリビジネスが反対している現在の510法案にはこれが盛り込まれた状態であり、彼らはわずかな競争の余地さえ残したくないことが明白になっている。だが、この修正案により、アグリビジネスが突然510法案に反対し始めたことで、人々は510法案に間違った安心感を抱くように誘導されている。
 テスター修正案は、ブタ(貪欲な人)に口紅を塗るようなものだ。依然としてブタはブタであり、始末しておく必要がある。
 テスター修正案は、まったく十分な内容ではない。ドルが崩壊すると、一年当たり50万ドルがどれほどの価値になるというのか? 50万ドルとは、この修正案で適用除外となる食糧生産者の収入限度である。そして、適用除外といっても、食糧安全計画の提出義務を免除されるだけのことだ。法案にあるそれ以外のことは、適用除外にならない。小規模な生産者は、510法案で提案されている過激な規制によって全滅することになるだろうし、適用除外にならない中規模の生産者もそうだろう。歴史は繰り返す。中小規模の食肉加工業者は、食品安全を擬装して採用されたビル・クリントンのHACCP計画( Hazard Analysis Critical Control Point)〔原材料の仕入れから、調理、保管、出荷までの食品製造工程全般において、いくつかの重要管理点を設定し、病原菌や異物の混入などの危険を発見・分析・記録していく食品衛生管理システム〕によって滅びた。だが、それで食肉が安全になったわけではない。食肉加工業者の数が減った(独占が進んだ)だけである。
 Michael Vail(Blacklisted Newsの編集長)は、食品の兵器化のことを述べている。「兵器としての食糧と言えば、我々に供給されている食糧で遺伝子実験が行われていることを考えてみるべきだ。最近、バイオテクノロジーが立ち上げた数多くの団体が、コメにコレラのワクチンを入れ、アフリカ人を実験ネズミの代わりに使っている。クローン牛や、毎年のワクチン製造のために遺伝子組み換えされた牛のTボーン(骨付き)ステーキを食べてみたい人はいるだろうか?」
 マイク・アダムス(Mike Adams)は、FDAがアメリカ国民の食糧供給を「保護」する政府機関では間違ってもないことを示すために、FDAの行動をまとめている。「FDAは、世界の歴史で発生したすべてのテロ事件の死者数合計よりも、はるかに多くのアメリカ人の死亡の原因となっている」と述べ、何万人もの死者をもたらしたFDAが承認した医薬品の事例をいくつか挙げている。その一つ(Vioxx)だけで、ベトナム戦争で死亡したアメリカ人よりも、多くの人々が殺されている。また、FDAが、巨大製薬会社の利益のために、自然療法の情報源が発信する栄養情報を犯罪扱いしてきた経緯を示している。さらに、「FDAは、米国の歴史で存在した最も致死的な政府機関」であり、「過去20年間にわたり、FDAは、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、さらに昔の南北戦争まで合計した死者数以上のアメリカ人を殺してきた」と述べている。
 また、FDAは、ナノ粒子を食品に入れることも承認(規制の対象にしない形で)している。ナノ粒子は、1メートルの10億分の1である。この微小な粒子は、血液脳関門を突破することができるため、深刻な健康リスクを抱えている。健康への影響を検証することなく、そして食品の安全に奉仕することなく、FDAは、こうした混入物が食品に入ることに目をつぶっている。
 510法案の「食品安全近代化法」という名称であるが、FDAにとって「近代化」という言葉には、医薬品(抗生物質など)、化学物質(塩素など)、他の生物の遺伝子、その他企業が利益のために新たに製造する物質なら何であれ、こうした物質を全食糧供給に混入させるよう全国民に義務付ける意図がある。食糧生産者に農薬の使用が強制され、それを我々は食べることで害を被ることになる。照射殺菌が強制され、それが全生産者が従うべき「安全」基準になるだろう。
 510法案の追跡可能性(生産履歴管理)義務では、ナノ・トレーサーなどの技術(機器)を食品に組み込み、人間の胃の中の食品の生産履歴が追跡できる状態にすることが示唆されている。この暗黒のシナリオがすぐさま実行されることはないとしても、食品追跡義務に必要な書類作成の負担によって中規模の生産者や流通業者は壊滅的になるだろう。あなたの私的なフード・クラブの顧客リストを、(FDAが利益を代表する)競争相手に差し出さないといけない状態を想像してみてほしい。何十億ドル規模の巨大企業が、妨害して、あなたの小さな事業を駆逐するのは、いとも簡単ではなかろうか?
 510法案により、自然の正常な食品は、犯罪になる。すでに現在でも、ライト・カウンティ・エッグ(Wright County Egg)のような大企業が何十年も汚染食品を販売するのを放置しておきながら、自然食品の生産者や流通業者に食品の強制捜査が入っているので、これはわかったことだ。FDAに更なる16億ドルが与えられ、完全な食糧支配権が与えられるのを待つまでもなく、この「正常な食品との戦争」はすでに始まっている。
情報操作された反対派がテスター修正案で510法案の問題がすべて解決されるとアメリカ国民を説得しようとしているが、多くの「食品の自由」活動家は、これが煙幕に過ぎないことに気付いている。編集者に届いた一通の手紙は、「私の凍てついた手からカブを奪い取るがいい」と題してあった。大々的に喧伝されている「適用除外」は、510法案が持つ以下のような数多くの深刻な問題から目を逸らすものである。


・食品安全の本当の問題の解決になっていない。本当の問題は、中央集約、工業化された食品供給体制にある。
・国際条約、貿易協定が、国内法よりも優先されることになっている。
・食品の生産・流通がなされる文化的に適切な法的基盤を州が決定する権限を奪うものである。
・食品規制の執行権限をFDAから国土安全保障省に移すことになる。自由を抹殺し、子供に性的いたずらをするTSA(運輸保安局)を所轄し、ハリケーン・カトリーナの被害では悲惨な対応を行い、メキシコ湾で継続中のBP災害からは目を逸らした(これは大量虐殺に相当する行為)国土安全保障省である。
・失敗し、破滅をもたらしたHACCPを全食品に拡大するものである。HACCPが食肉製造に対して行ったこと(中小規模の食肉加工業者が排除された)が、全食品に拡大され、地域の食糧生産や農業に対してなされる恐れがある。
・FDAの権限を大幅に増強することになる。FDAは、公式記録された発表で、アメリカ国民には「自らの身体の健康に対する基本的権利」は無く、「希望する食品を入手するという基本的権利は無い」と述べた政府機関である。


 あなたは、自分のダイアモンドを、そのダイアモンドの所有権があなたには無いと考えている他人に預ける気になるだろうか? 明らかに、FDA(特に510法案)は、「フル・スペクトラム・ドミナンス」(完全支配)として知られる計画の下に推進されている全体主義的な警察国家の要である。
 最後に、我々を騙して押し付けようとしている、この食品「安全」法の制定の背後には、モンサントがいることを忘れてはいけない。米国の農務長官が、かつて、「バイオテクノロジーの支配人・オブ・ザ・イアー」とあだ名されたことを忘れてはいけない。オバマ大統領が、GMOと農薬の推進者を米国の農業貿易代表に任命したことを忘れてはいけない。また、オバマが、モンサントの擁護者エレナ・ケイガン(Elena Kagan)を米国の最高裁判所判事に任命し、元モンサントの弁護士クラレンス・トーマス(Clarence Thomas)と一緒に裁判所に座っていることも、忘れてはいけない。
 ウィリアム・イングドールは、その著”Seeds of Destruction”(邦訳は、『ロックフェラーの完全支配・アグリスーティカル編』)で、「一九七〇年代半ばに、ロックフェラー家とその組織の子分ヘンリー・キッシンジャー国務長官は、食糧を支配すれば、人々を支配できると語った」と警告している。
 その同じ顔ぶれが、食品の「安全」を装って、そのような支配権力を握ろうとしている。決して誤解してはならない。FDAと510法案のような法律は、食品を「管理・支配」するためにあるのであって、「安全」のためにあるのではない。もし安全のためならば、家畜の集中給餌操業を禁止する法律が制定されるはずであり、抗生物質の無差別な使用が禁止されるはずであり、農薬やBPAが禁止されるはずである。だが、そうなっていないのは、FDAがもはや食品安全のための組織ではなくなっているからである。FDAは、完全に巨大製薬会社、巨大食品会社、巨大化学会社に生け捕りになった連邦機関なのである。
 現在、アグリビジネスがテスター修正案に反対しているからという理由で、マスコミや食品団体が510法案を支持すべきと主張しているのは、多くの人々を騙す行為になる。そうではなく、我々はしっかりと意志を強固にして510法案そのものを拒否すべきである。
上院の票決は、今後数日内になされる予定である。The Atlanticにコメントを書いて、なぜテスター修正案があっても我々が510法案に反対しているのか、Marion Nestle〔訳註:食品安全の観点からこの法案に賛成しているおめでたい栄養学者のようだ〕に教えてあげよう。それよりも、上院議員に伝えることが重要だ。


(翻訳:為清勝彦 Japanese translation by Katsuhiko Tamekiyo)


関連情報


原文 The Food Safety Modernization Act: The US Government's Assault on "Food Freedom" Tester Amendment to food ‘safety’ bill puts lipstick on a pig (Global Search)
家庭菜園と種子の自家貯蔵を違法化する食品安全近代化法の票決迫る!


こんなことが公の場で堂々と行われていることに驚きませんか?
とかく国防というと、軍事的なことに目が行きがちですが、戦闘機を操縦するのも、軍隊を動かすのも、軍人も食べ物がないと戦えませんよね。

外国の軍艦が領海に入ってきた、外国の戦闘機が領空侵犯した、米軍の基地に反対するなどの軍事的な現象には反応しますが、お金を出しても食べ物が買えないという状況になったときのことを考えると寒気がしてきませんか?

しばしば農業の近代化という言葉で「大規模農業」「機械化」「投資拡大」といった誘い水が使う学者や評論家がいますが、大規模農業の裏には資本による独占、機械化の裏には農薬の大量使用、投資拡大の裏には農作物への投機増加といった罠がしかけられていることがあります。近代化というと良さそうに聞こえますが、その実は違うのではないかという疑問を持ちます。

ここでは「食品の兵器化」という言葉も出てきます。

不作が続いても外国から安い農産物が入ってくれば、その国では農業生産が落ち込んでいても多くの人が食べるのに困りません。それが長く続けば、気づかないうちに農業の生産力がさらに落ちて、自国の食糧を外国に依存する状況になっていきます。
そして食糧を依存させておいて供給を断つ。
あるいは、この記事にあるように、管理統制を行って農業の自由を奪い、それによって人々を従わせる。
食糧が兵器になるんですね。

日本では今年3月の東北大地震と津波、原子力発電所の事故などによって耕作地が大きな被害に遭いました。耕作ができない、作っても売れない、耕作地が何年も放置され農業生産力が落ちる。そこにもし海外の安い農作物が入ってきたら。
これまで耕してきた耕作地に戻って、また今までのように野菜を作れるでしょうか。
この現実はとても重いものだと思います。
考えるだけで背筋が寒くなります。

でも恐れているだけではいけませんね。
生きていかねばなりません。
どうやってこの難を乗り越えるか。
知恵を出して努力する時ではないでしょうか。

2011年5月14日土曜日

室内でも農業を

津波や福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の大量拡散によって、被災地の農業を大きな打撃を受けました。農家のみなさんは、耕作ができない、耕作ができても放射性物質が検出されて出荷できない、あるいは風評被害によって売れない、といった悩みを抱えてしまいました。

日本はフードマイレージが世界最悪の数値です。遠くで(外国で)作られた農作物を、たくさんの石油を使って輸入し、いくつもの段階を経由して手に入れています。そして、流通と消費の段階でたくさん捨てている。
もったいない話ですね。

しばしば「捨てるのはもったいない」と教えましょうという声を聞きますが、「捨てるものは作らない」とした仕組みが必要なのではないかと思います。
必要なだけ作る、そのためには流通経路を短くする、自分で作るといった方向に向かうのが良いのではないかと思います。
「自給率の向上」「地産地消」「自産自消」「農産物の貿易の縮小」というキーワードが出てくるでしょうか。

今日ご紹介するのは、都内のある企業です。
社内でチームを作り、室内で農作物を栽培しています。


これはキノコを栽培している一角。
天井には光の量を調整する電灯が設置され、定期的に噴霧器のようなもので水を供給していました。
電気を使っていますが、その電力をどうやって供給しているかはわかりませんが、電力を自然エネルギーにできればいいですね。


壁面にはパッションフルーツ(?)。
打ち合わせのテーブルや部門の仕切りを利用するなどして、このように作物を栽培することができます。
天井に網状の棚を作ってやることもできます。


打ち合わせスペースの椅子の下。引き出しが設けられていての、その中で発芽をさせます。


そして水田です。年に3回収穫しているそうです。
この他にも、発芽用の専用室のような部屋もありました。

実際に自給自足をしようと思ったら、とてもこのスペースでは足りませんし、水や電力の供給に石油や原子力などのエネルギーを使ってしまえば、あまり意味はありませんが、室内栽培の良いところは、作物を食べてしまう虫の侵入がないために農薬を使用しなくてもよいことです。

どこの会社でも、このような施設や設備を持つことはできないでしょう。しかし、工夫すればできることもあるかもしれません。大事なのはやることではないでしょうか?
アイデアを出して、やってみて、改善して。楽しいことだと思います。

家庭でやるなら、壁面を利用した花壇のようにして作物を育てることができます。
温室を作るならば、室内の日当りの良い場所に苗を置いたり、ビニールシートで囲ってペットボトルや発酵熱を利用して温度を維持することもできます。
水は雨水を利用する。簡単な雨水用のタンクなら作れますね。

放射性物質の拡散は各地で観測され、事故があった原子力発電所から遠く離れた地域で作物から基準値を上回る放射性物質が検出されています。
植物や細菌を使って放射性物質を吸収する方法、チップや炭を使って浄化する方法などもあるようです。

事故や災害、気候変動、戦争や紛争、されにそれらの結果としての政治的な失敗。
あらゆる出来事が、私たちの食を脅かす要因です。
今回の原子力発電所の事故は、それらが重なって起きた一つの教訓だと捉えることができます。

何かに誰かに依存している状態では、それが被害を受ければ即危機となります。
依存ではなく自立。
自立のための自給。
私たち自身のこととして、私たちの家族のこととして、私たちの地域のこととして、そのことを考えていかなければならないと思います。
子孫繁栄があっての国防です。

2011年5月10日火曜日

同工異曲の原発問題と安保問題

國體護持塾様のホームページに掲載された南出喜久治氏の論文から部分的に引用しています。(紫色の文字の部分が引用です)全文を是非お読みください。http://kokutaigoji.com/reports/rp_n_h230508.html 


当ブログ「日本が日本であるために」はURLをご覧いただくとわかる通り「自立再生」というテーマを中心に書かれた投稿がほとんどです。

今回引用させていただいた論文では、エネルギー政策において、日本の自立が失われているという現状とその経緯について書かれています。

 そもそも、原発は、どのやうにして我が国に導入されたのであらうか。広島と長崎が原子爆弾による無差別大量殺戮の被害を受けた我が国は、これに追ひ打ちをかけられたかの如く、昭和二十九年三月一日の米国の水爆実験によつて発生した多量の放射性降下物(いはゆる死の灰)を浴びた第五福龍丸の乗組員が被害を受け、「原子力(核)の恐怖」は国民的トラウマとなつて定着してしまつた。ところが、米国アイゼンハワー大統領の指令を受けた米国CIAは、読売新聞社主の正力松太郎を工作員に仕立て上げ、読売新聞と日本テレビなどマスコミを総動員して、「原子力の平和利用」といふ大々的な洗脳キャンペーンを行つたことから、我が国を原発推進へと大転換させた。これによつて、我が国は、核保有国が核を独占的に支配管理するNPT体制に組み込まれ、我が国のエネルギー政策における生殺与奪の権をアメリカに売り飛ばし、エネルギー戦争の第二の敗戦を帰した。

このたびの地震・津波による災害と同時に発生して福島第一原子力発電所の事故に関しても、原子力に反対する立場、推進する立場、反対する立場に反対する立場など、いろいろな議論(とまでは言えないものも多いですが・・・)が繰り広げられています。
最近とても気になるのが、どんなことでも右左、白黒、善悪の二元論におちいってしまう論争がとても多いことです。

 安保堅持と安保破棄といふ二者択一の正反対の対立では、誰もが納得しうる解決策が得られない。真相を隠蔽するために、正反対の二者択一を迫るのは、政治の常套手段である。そのことについては、占領憲法についての議論も同じである。占領憲法を憲法として有効であるとしたい敗戦利得者は、改憲か護憲かといふ茶番劇を、マッカーサーの手のひらで踊つて見せてゐることと、この安保堅持と安保破棄といふ茶番劇とは実によく似てゐるのである。安保破棄といふのは、即時破棄であることから、それによる急激な政治環境の変化を恐れた大衆が、やむを得ない次善の選択として安保堅持を支持したのであつて、売国政党の自民党の長期政権に貢献したのは、この非現実的な亡国政党である社会党の過激さにあつた。これによつて、自民党と社会党の馴れ合ひ政治が定着したのである。
・・・・
・・・・
 この安保問題の構造は、原発問題の構造とよく似てゐる。原発推進派と原発反対派との対立は、過去の米ソ代理戦争を引きずつてゐる。対米隷属を深めようとする原発推進運動と、それが確立することに反対するソ連が支援する原発反対運動との対立である。そして、ソ連崩壊後の現在の原発反対運動は、米国一極支配に反対するロシアと中共らの共同戦線に支へられてきたのである。

ここでは脱原発という考え方を支持しています。
原子力発電によって生成される核廃棄物の処理にはメドが立っていませんから、今後長い年月をかけて対処していかなくてはならない。あるいは画期的な技術が出るまで待たなければならない。捨てるところがないのに、ゴミを出すというのはおかしな話ですから、核廃棄物をなるべく出さないようにしよう、少しづづでもいいから原子力発電から抜け出して行こうという立場です。
ですので次の段落で述べられているような二極化は好ましい状況だとは考えません。

 原発問題に関しては、福島原発事故の後、親米勢力の原発推進派と反米勢力の原発反対派とのせめぎ合ひが顕在化し、二極化が深更してゐるが、核のトラウマに便乗する後者が優勢であることは言ふまでもない。しかし、ここに完全に没落してゐるのは、真の祖国愛を抱く親日勢力であり、親日勢力はこれら両派の外国勢力のために股裂き状態に追ひ込まれてゐる。原発推進することが保守だとする倒錯した議論が無自覚に語られ、脱・原発を唱へる愛国者を原発推進派の似非保守の売国奴が平然と批判することが繰り広げられてゐる有り様である。

このような二極化を生む要因の一つに、曖昧な情報の流布あるいは情報の操作が行われることが挙げられます。このような情報操作は、しばしば政争の中でも行われます。
原子力発電の場合は、ウラン鉱脈の利権、国家間の利益、政治家、官僚、学者、メディアの権益などが絡む大きな構造の中の問題です。

 ところで、原発推進派が喧伝する、原子力発電コストが他の発電コストに比べて低いといふのは、CIA工作によるデータの改竄によるもので、実は原発コストが一番大きいのである。発電コストについては、資本費、操業費、燃料費で比較してゐる比較して見せるのであるが、これは、原発を継続運転する場合のイニシャルコスト(資本費)とランニングコスト(総業費、燃料費)だけであつて、一般的な通常の会計学的手法が用ゐられてゐるに過ぎない。しかし、厳密に会計学的に考察すると、原発コストの場合は、いはば「偶発債務」や「負債性引当金」などに相当するものが計上されてをらず、他の発電の場合と比較して、これらが余りにも大きすぎる点が明らかに隠蔽されてゐるからである。平易に言へば、原発の耐用期間が経過した後に、その老朽原発を安全無害に解体する場合の廃止措置費、放射性廃棄物(使用済み核燃料)の継続的管理費及び最終処理費(地層処分費)、地層処分のための用地を確保する土地取得費と交渉対策費、原発事故が発生した場合の復旧費とその放射線汚染に伴ふ損害賠償費、原発の新規建設を推進させるための地元対策費や継続的な地元援助金、利益誘導対策費、用地買収資金などを計算に入れれば天文学的な金額になるが、これらについては、発電コストの原価計算の基礎数値からは完全に除外されてゐるからである。

コスト構造については、食料に関しても同種の問題があります。
生産、流通、消費の各部門に関しては、しばしば統計が発表されますが、再生(再処理や処分も含む)コストについては、あまり表に出てきません。
統計の取り方をもっと改善した方が良いと思います。

尖閣諸島周辺に眠る海底資源、日本海に眠るメタンハイドレートなど、日本には輸出できるほどの資源があると言われていますが、一向にそれらを採掘して活用しようという動きはありません。これからはいくつかの選択肢として、これらの資源を利用する方向に向かうべきであると思います。

 そして、その過渡的な政策として、これまで我が国がエネルギーの自給体制をとることを阻止し、あるいは独自のエネルギー外交をすることさへも徹底して妨害してきたアメリカから我が国は自立して、我が領土である尖閣諸島の海底に眠る石油、天然ガスなどの海底資源などや、日本近海に眠るメタンハイドレートなどを資源化する事業に政府主導で直ちに着手し、その開発に伴ふ内需拡大によつて東日本のみならず我が国全土にわたる復興を実現するのである。そして、これまでのエネルギー輸入国からエネルギー輸出国へと劇的に政策転換させる基本戦略に立つ必要がある。エネルギーの自給が達成できれば、食料の自給も達成できる。技術革新を独自に推し進め、原発依存の比重を極小化したエネルギーバランスを実現し、最後にはウランその他の稀少金属に依存しない自然エネルギーなどによるエネルギーの完全自給を達成させ、我が国が独自に安定国家となるための基軸を打ち立てなければならないのである。

政府は浜岡原発の停止を決めたようですが、明確な方策=日本の自立性が高まる方向でのエネルギー政策があるようには思えません。

 しかし、仮に、さうであつたとしても、自立再生論による祖国再生の基軸を立てた結果であれば是とすべきであるが、実際はさうではないところに我が国の病巣の深さを感じる。その場しのぎの方針であることにも問題がある。そして、その病巣の根幹には、占領憲法がある。占領憲法は、GHQの占領下で制定されたため、国家緊急事態に対処しうる制度がない。占領下での国家緊急時といふのは、支配者であるGHQの緊急事態のことであるから、そのやうなことは占領憲法で定めるはずがないからである。

先日、福島県に放射線量を確認するために出かけてきましたが、失業、家の喪失、家族の離散、風評被害など正視するのが辛くなるような現実を目にしました。農業は壊滅に近い地域も多く、もう少ししたらその影響を実感することになるかもしれません。
以下の部分は五・一五事件に関するものですが、あながち過去の話では済まされないことだと思います。

 五・一五事件と聞くと、日本青年の歌を作つた三上卓や、黒岩勇、古賀清志らの帝国海軍将校や陸軍士官学校の生徒による軍事クーデター未遂事件であると教科書的に理解する人が多い。それはそれで決して間違ひではない。確かに、この事件によつて軍部に対する政治家と官僚の萎縮効果が生まれ、二・二六事件へと向かふ歴史の流れを作つたことは否めない。 しかし、この事件の教訓はそれだけでは終はらない。この事件は、橘孝三郎が率ゐる愛郷塾の塾生が結成した「農民決死隊」の七名が、昭和初期の世界恐慌による農村恐慌、特に、東北地方の農民生活が極度に疲弊し、娘を都会人の性的欲望の生け贄として身売りしなければならないやうな悲惨な状況などを見るに見かねて立ち上がつたことに留意しなければならないのである。これは、勿論、五・一五事件に共通した義憤ではあるが、この農民決死隊が牙を向けた先は、軍人グループのやうな要人テロではなく、東京の変電所であり、それを襲撃することにあつた。東京市には、東京電燈株式会社の、田端、鳩ケ谷、淀橋、亀戸、目白の各変電所と、尾久にあつた鬼怒川水力電気の東京変電所がある。これら六箇所の変電所を襲撃して東京市を大停電に陥れ、クーデターを決行しようとの計画であつたが、大停電をさせることの真の目的は、農村の疲弊が都会の享楽にあるとの認識から、資本主義の弊害を是正しなければならないといふ強烈な警告を行ふことにあつた。勿論、この計画は、田端変電所の電圧メーターを金槌で壊しただけで、用意してゐた手榴弾などを使用できずに不成功に終はつた。それゆゑに、要人テロとは異なる農民決死隊事件が五・一五事件として同じ名前で一括りにして語られることに違和感があるのは私だけでないはずである。
 この事件(農民決死隊事件)の背景事情や経緯は、今回の東日本大震災と巨大津波による福島原発の全壊事故、これによる東京都の計画停電に至る時系列と事実関係とは全く異なるものである。しかし、明らかにこの二つのことは同工異曲の事件と言へる。

過去にさかのぼることはできません。しかし、私たちは生きなければなりません。
ですから、むしろ今回の事件や、歴史上の出来事を教訓に、本来あるべき姿=自立した日本のために努力をしなければならないと思います。

 それは、日米安保問題、原発を含む核問題の根源は、占領憲法問題といふ同根から生まれてゐるものであつて、我が国と世界を再生させるためには、占領憲法の無効宣言をして、我が国と世界に吹き荒ぶ賭博経済の金融資本主義を淘汰し、自立再生社会の実現が刻下の急務であることの現在的な教訓なのである。





もう一度書きますが、このブログのテーマは自立再生です。
そのために、日本の文化をもっと知ろう、伝統的な祭祀に関心を持ち実践しよう、生存や子孫繁栄のために欠かす事のできない食べ物やエネルギーについて考えよう、そして何かを変えようと訴えています。その一部に憲法問題、歴史認識などを位置づけています。
自立再生という視点で、原発事故のことを考えてみませんか?

2011年5月7日土曜日

近江聖人と呼ばれた中江藤樹

中江藤樹(慶長十三年〜慶安元年:1608年〜1648年)は近江国小川村(現在の滋賀県高島市安曇川町上小川)に生まれ、9歳で伯耆国(ほうきのくに)のお祖父さんの養子となり、その後藩主の国替えで伊予国大洲(現在の愛媛県)に15歳でお祖父さんが亡くなったあと家督を継ぎます。禄高は百石。

当時、武士の俸禄(一年分の給与)はお金ではなく玄米で支給されていました。百石といえば、当時一日一人平均二合反のお米を食べるとすると、年間約百十人を養えるほどの高給です。
しかし藤樹は27歳のとき、母親を気遣い一緒に大洲で住もうと提案しますが、自分のことより殿様に仕えて欲しいと断られます。それでも藤樹は自分を産み育ててくれた母親が心配でしたので、藩主に辞表を提出して生まれ故郷の母親のところに行こうとしますが藩主に却下されます。
そこで藤樹は脱藩を決意します。

当時、脱藩は殿様の恩義を裏切る行為でしたから、武士としては最も重い罪です。
(幕末の時代になると、脱藩は建前上は死罪でしたが、尊皇運動ためであれば黙認されていました)
脱藩して母親のところに行くというのは、命をかけた決心だったわけです。
追っ手が来て母の前で打ち首になってはかなわないと思い、一旦京都にとどまり藩主に手紙を書き、追っ手がくるのを待ちます。
ところが追っ手はきません。
「至誠天に通ず」(まごころを持って事に当たれば、困難なことでも理解が得られることがある)が通じたのです。

藤樹はその後安心して、小川村で母に仕えながら、生涯を通じて学問と村人の教育に励みます。そして、師匠を持つ事なく独自の学問を構築していきます。
亡くなってからは、その遺徳をたたえられて「近江聖人」と呼ばれ、熊沢蕃山(ばんざん)、淵岡山(こうざん)、大塩平八郎や吉田松陰などに影響を与えました。

世界の歴史には多くの偉人がいますが、その中でも母親の孝養のために決死の覚悟をした藤樹はとてもユニークな存在です。
出家、修道、学問専心のために一定の成果を修めた偉人の中には、親や家族を捨てた人も少なくありません。
成果や功績を上げれば親や家族を捨ててもよいというのは、成果第一主義と言えるかもしれません。仕事に夢中になり成功に固執した結果、家族がバラバラになって離婚した夫婦の話をよく耳にします。
それに対して、藤樹は孝養を人生における最も大切な努めとして実践し、結果的には独自の学問を築き多くの後継者に影響を与えるという功績を残しました。
我が国第一級の人物を言ってもいいかもしれません。

滋賀県高島市には、藤樹神社、近江聖人中江藤樹記念館があります。
機会があったら是非立ち寄ってみてください。
何か感じる物があるかもしれません。

放射能除去に効果を発揮する「ヒマワリ」世界一受けたい授業で紹介。

放射能除去に効果を発揮する「ヒマワリ」世界一受けたい授業で紹介。

昆虫や動物の能力や性質を活かし最新技術に取り入れることで「人類の生活はもっと豊かになる」。

筑波大学付属小学校:鷲見辰美

自然が生んだ驚異の発明

●放射能除去に効果を発揮する植物

それは「ヒマワリ」。

土壌の放射性物質を根から吸収する能力がいくつかの植物にある事が分かった。

なかでもヒマワリの吸収率が最も高い。

危険性がなくなるまで30年以上かかる土壌の放射性物質をわずか20日で95%以上も除去。

http://convenience.typepad.jp/naze/2010/11/ヒマワリ.html

専門家のみなさんはどんな反応をするでしょうか?
効果があるかどうかは試していないので断言することはできませんが、機会を作ってやってみようと思います。
我が家の庭にも、たくさんのヒマワリの種を蒔いて芽が出るのを待っています。
他にも光合成菌や乳酸菌を使った放射能除去の方法もあるようですので、いずれ実験してみようと思います。

この手の方法。
仮に良い成果が出ないにしても、損をすることがないのがいいですよね。
ヒマワリだったら、花が咲けば鑑賞できるわけですし。

2011年5月6日金曜日

自尊自立の為の家庭の医学 第三回 自然治癒力とは

何かあったらすぐ薬を・・・という習慣から少し離れるには自然治癒力を上手く利用できればいいのですが。
でも自然治癒力っていったいどういうものを言うのでしょうか?
私たちの体には自分で治そうとする力が備わっています。でも少し調子が悪いと、仕事は休めないしとか、ちょっと気弱になったりだとかで急いで病院や薬局に駆け込み薬を買ってきたりしますよね。自分がどうなるのか、この具合の悪さはいつまで続くのか、治るのか、もしもっと悪い病気だったら?そういう恐怖が元にあってとにかく早くこの症状を消してしまおうという気持ちが働く・・・これはお医者さんや薬のせいではなくて私たちの心の問題です。つまり死を恐れる気持ち、それが病気や症状を悪と決めつけたいのだと思うのです。

とは言え自然治癒力をはっきり定義付けするのはとても難しいのですが・・・
近頃は、現代医学の場でも自然治癒力のことを聞きますね。自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きをそのように呼んでいます。

自律神経をつかさどるのは「視床下部」です。視床下部はホルモンの分泌(内分泌系)や免疫系の調整においても、大切な働きをしています。これらの調整機能はホメオスタシスという体内の環境を一定に保って生命を維持する為の働きです。
しかしストレス・不安・恐怖・不快などによって、自律神経が乱れると他の調整機能にも負担がかかってしまいます。結局のところ心と体はつながっているので、心をどのように安定させるか、自分のものの見方・感じ方・考え方、そういうものが身の回りで起こる出来事を自分の体にどのように影響させるかを決めています。心のホメオスタシスも大切になって来るんですよね。たとえば、悲しい時や困った時にため息をつく。これは心の苦しさを少しでも和らげようとする無意識の反応です。怒りの感情を爆発させることも。心を楽にするために蓄積せずに発散することも大切ですよね。

自尊自立の為の家庭の医学では、自然治癒力は自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きに加えて、感情や精神のレベル、肉体を超えた何かを含むもの、という風に考えたいと思います。
なぜ病気になるのか?なぜバランスを崩すのか?を考えるとき、どうしても肉体の機能的側面だけでは説明しきれないような気がします。

自然治癒力が働くとき、何かの症状が現れます。症状は「バランスが崩れているよ」というお知らせであり、それを正そうとする働きのために起こります。
自尊自立のための家庭の医学 番外編3 毒を以って毒を制するの本当の効用で、毒(物質)を体に入れた時の直接的な生体反応である一次反応と、一次反応の揺り戻しである二次反応がある、と述べました。この二次反応が起こるのは、崩れたバランスを元に戻すために、自然治癒力が反作用として働いているからですね。

同種療法であるホメオパシーでは、治癒の過程で感情の気付きや発散が多く起こります。肉体レベルだけでなく感情レベルでの癒しも起こるわけです。ただし押しこめていた感情や思い出したくない出来事を追体験することもありますので、決して楽な道のりではありませんが、本当の治癒というのはその人の心の変化が伴うものであると思います。このホメオパシーの創始者のサミュエル・ハーネマンは「病気は生命力の歪みによって起こる」と述べています。

少し抽象的なお話になりますが、肉体の中に閉じ込められている生命力が体内を循環するエネルギーのようなものだと考えてみて下さい。
私たちにはいろいろなこだわり、こうでなくちゃいけないと思うことがあります。「こうでなくちゃ」と思ったそれ以外の状況下ではとてもイライラしたり、何とかしようともがいてしまいますね。しかし、このことこそが、循環するエネルギーの流れの中に出来たブロック、淀み、ひっかかりなのです。そのことでいつもイライラしたり、そのことに気を取られた状態ではいつもそこにエネルギーが注がれることになります。このようにして、淀みの数が増えれば増えるほど、私たちが本来の生命を健康に維持していくことに使えるエネルギーが減り、流れも弱くなってしまう訳です。「こだわり」にも健全なものとそうでないものがあるでしょう。自分を省みず、周囲の状況を変えようと躍起になったり、いつまでたっても変更も修正も出来ない「こうでなくちゃ」は病的なものであると言えます。

実際悩んでるときは苦しいものです。いっそ手放してしまえれば楽になれるのですけど、それが出来ないから淀みが生じているし病んでいるわけです。
このブロックが外れるとき、そこに溜まっていたものが放出されます。ですから感情レベルでの痛みも体験するでしょう。思い出したくなかった記憶を思い出して大泣きしてしまうこともあるでしょう。でもそれが感情レベルでの治癒のプロセスであり、自然治癒力の働くプロセスなのです。自ら抑え込んでいた辛い体験や感情が噴き出す、抑圧に対する反作用がこれを手放すこと、ですね。

自然治癒力が働くとき、揺り戻しの症状がある、そしてそれは肉体レベルだけではなく感情レベルでも起こる、ということでむやみやたらに症状を忌み嫌わないようにしたいものです。

【転載】今に見ていろ! ~ 5月3日GHQ憲法屈辱の日

今回もいつも素晴らしいブログを書いているJJ太郎さんの「かつて日本は美しかった」から転載です。http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110503/1304351283

今に見ていろ! ~ 5月3日GHQ憲法屈辱の日


現在、日本国憲法と呼ばれているGHQ憲法占領政策基本法)はCIAの前身であるOSSの「日本計画」がもとになっており、GHQ民政局の素人集団が7日間で仕上げたものです。内容は共産主義者の作文。目的は日本の共産主義化。OSSには知識人向けマルクス主義とよばれるフランクフルト学派が多くおり、GHQ憲法作成の首魁である民政局ケーディス大佐もOSSにいたためフランクフルト学派に影響を受けていたと思われます。
昭和21年(1946年)2月26日の閣議でマッカーサー案をベースに草案しなければ仕方がないという結論になり、松本案を作成します。
3月4日、終戦連絡中央事務局次長・白洲次郎ら数名がGHQを訪れます。そこで松本案の英訳が始まりましたが、ケーディス大佐が重要なポイントに手が加えられていることを知り、松本博士(国務相)を呼び出します。そこでケーディス大佐と松本博士と大喧嘩になります。松本博士は怒って帰ってしまい、結局、マッカーサー案にほとんど逆戻りしてしまいました。
3月4日午後6時、ケーディス大佐
「今夜中に日本国憲法のファイナルドラフトを完成することになった日本側もそれに参加してもらいたい」
そこで白洲次郎らは松本博士を呼び出しますが、本人の機嫌が悪く、側近が「血圧が高いからあとはしかるべくやってくれ」の一点張りできてくれません。結局、松本案をマッカーサー案に復元した英訳を今度はこれを再検討しながら和訳していく作業を白洲次郎外務省の小幡氏らと始めました。
小幡「白洲さん、シンボルって何やねん?」
次郎「そこにある井上の英和辞典引いてみたら?」
小幡「やっぱり白洲さん、シンボルは象徴やね」
ケーディス大佐はしきりに文句を言っていましたが、一度だけ猫なで声で語りかけてきました。「第三章 国民の権利及び義務」の冒頭にある第十条についてです。
「この条文はホイットニー局長の書かれたもので、ご自身名文だと思っておられる。別の場所でもいいから残してもらえないか」
上司のゴマすりときました。こんな感じで素人たちがあれこれいいながらGHQ憲法のファイナルドラフトができあがったのです。
作業が終わったのは3月5日午前10時でした。ホイットニー局長は満面の笑みを浮かべメンバーの一人一人と握手しました。


佐藤法制局第一部長
「いったいどこの国の憲法を手伝いにきたのかという錯覚をおこしそうになったくらいである」


3月6日、ファイナルドラフトは「憲法改正案」として世間に公表され、間髪いれずにマッカーサーは同案への支持を表明しました。完全な出来レースです。


白洲次郎の手記
『今に見ていろ』ト云フ気持抑ヘ切レス ヒソカに涙ス」


数ヶ国で構成される極東委員会憲法前文を見ただけで「憲法改正案」が日本人の書いたものではないことを見抜き激怒し、憲法案を審査する機会を与えるよう主張しましたが、マッカーサーが拒否。結局、強引に押し通されました。昭和21年8月24日、衆議院憲法改正を採択。多くの議員無念のあまりに嗚咽を漏らし無数のすすり泣き声が議場を粛然とさせました。



参考文献
講談社文庫「白洲次郎 占領を背負った男」北康利(著)
総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
河出書房新社「白洲次郎」『白洲手記』白洲次郎
添付画像

2011年5月1日日曜日