2011年12月28日水曜日

年末の大掃除に

寒い日が続いていますね。
仕事納めでお正月休みに入られた方も多いのではないでしょうか。

大掃除は・・・・・もうお済みですか?(笑)

私もこれから少しだけ。
年末のあわただしい時期の、しかもこんなに寒い時に大掛かりなお掃除をするのは
ちょっと気が重いですよね・・・
でも今年はほんの少しだけいつもと違うお掃除方法を試してみてはいかがでしょうか。

と言ってもそれほど変わったことではなく、台所用や家具用の洗剤の代わりに重曹とクエン酸を使ってみるだけなんですけど・・・

クエン酸がない方はお酢でも大丈夫です。
重曹とクエン酸(もしくはお酢)は汚れ落としやにおい取りに大活躍します。
重曹はアルカリ性なので、酸性の汚れに。クエン酸やお酢は酸性なのでアルカリ性の汚れに。


まずはスプレーボトルに入れてあちこちシュッシュと吹きかけて拭けばお掃除が出来る簡単なものをご紹介します。

<酸性の汚れ>
手あか、台所の油汚れ、血液等タンパク質の汚れ、悪臭のする臭いに


アルカリウォッシュ 小さじ1
水           500ml


もしくは

重曹  大さじ1
水    1カップ

<アルカリ性の汚れ>
石けんかす、尿、水アカ、お風呂のカビ予防などに


クエン酸 小さじ2
水     200ml


もしくは

お酢   適量
そのままか、2~3倍に薄めて


重曹は、粒子が細かく研磨作用があるので、しつこいベトベトした油汚れに粉のままクレンザーのように使うこともできます。仕上げに石けんで洗えばスッキリします。
やはり油汚れには中性洗剤より、弱アルカリ性の重曹や石けんの方が早いです。
石けんならプラスチック容器の油汚れも二度洗いなしで落ちるんです。
空になったオイルの瓶の中を洗う時も、重曹と熱湯があればきれいに落ちますよ。

クエン酸やお酢はペットのトイレ掃除にも重宝します。万が一口に入っても少しなら安心です。
こびりついた水あかにはお酢を浸み込ませたペーパータオルなどを張り付けて一晩置けば落ちやすくなります。さらに重曹を振りかけて磨くとよく落ちます。

こちらも参考に→

お掃除というより中和反応の実験みたいな感覚でちょっと遊んでみるのも楽しいのではないかと思います。

2011年12月14日水曜日

せっけんを作ってみませんか?

私たちが日常的に使っている日用品。
何気なくスーパーやコンビニで買う日用品。
どこで、どんな人が、どうやって、どんな原料で作っているのでしょうか?

福島原子力発電所の事故以来、食べ物への放射性物質の混入に神経と尖らせている方もおられると思います。食べるものなので心配になるのは無理もないことです。
最近では粉ミルクや牛乳の原料が放射性物質で汚染されたものを作っているメーカーがあるという話を耳にしました。

では、日用品についてはどうでしょうか?
現在、日本国内で流通しているものの原料の多くが輸入に頼っています。船や飛行機、列車やトラックを使って原料が輸送され、工場では様々な薬品やその他の化学物質を使って原料から製品が作られます。
原料の採取や原料や製品の製造と輸送。
知らないところで顔の見えない人たちによって行われています。

食料自給率が低いと言われる我が国ですが、自給率の低さは食料に限ったことではありません。自給率が低いということは、原料、製造、流通が広範囲に分業して行われている場合が殆どです。行程が長く複雑になれば、問題があっても追跡するのが困難ですし、行程の中にいくつもの許認可や利権が発生する余地が生まれます。

原発事故で、電力利権や原子力利権というものの存在がクローズアップされました。今までスイッチを入れると電気がつくという、日常の当たり前のことの背景は複雑な力関係=政治力が働いているということに気づいた人も多いのではないでしょうか。

『日本の暦』グループでは、「自分で作れるものは自分で作ろう」「作るための情報は共有しよう」「共通の関心がある人と協力して助け合おう」ということの先に、国際分業、自由貿易、金融経済などの社会の不安定化要因から少しでも離れて、自立した自由な社会があると考えています。

自分の趣味の範囲でも結構です。自分で何かを作ってみる。
作る事は楽しいし、作ったものを知人や友人に使ったもらうのも嬉しいし、何より製造工程も流通行程もほとんどが自分の管理の下に置かれる安心感があります。

手作りせっけん
http://chatnoir07.jugem.jp

あなたも作ってみませんか?

2011年12月8日木曜日

冬野菜、初収穫!!

ようやく収穫できました。
これから年末~年明け頃まで順繰りに採れてくるのだと思います。
この日に採れた野菜は隣のお婆さんに全てお裾分けしました。



くるP大豆「はさがけ」段ボールコンポスト

毎週土日の過ごし方として、最近殆どこんな感じです。
なんかしら この様なことをしております。


絹さやエンドウ定植・ライ麦播種

ポットに種を蒔き(播種)、苗床で育て、広い畑に植え替える(定植)。
水やり、施肥、中耕、養生、様々に手を掛けて成長を観る。
最後に種を採取して来年に繋げる。人間の営みと一緒ですね。




カブトムシの幼虫

平成23年初夏、kazzさんの協力を得て「落葉堆肥」の床(1800x900x900)をつくってみました。
雑木林からクヌギ・コナラなどの落葉をかき集め約半年の間、寝かせて今ようやく腐葉土が出来てきました。今回は、ほんの触りだけご覧ください。



手箒(てぼうき)のつくり方

物干し竿が必要だったため竹を数本とってきました。
当然、枝を払うわけですが、捨てれば「ゴミ」、上手く使えば「物」






堆肥床のつくり方

ある物で賄う。お金を出せば何でも買える時代だからこそ。




2011年11月16日水曜日

大日本帝国憲法入門(10)国体護持は臣民の責務である(ΦωΦ)

 こんばんは。(ΦωΦ)

 今日は、第26条から解説致します。以下の条文に定める国体の下の自由は我々が国体を護持する上で欠くことのできないものであり、いずれも自由なき左翼全体主義国家においては保障されていないものばかりです。



 第26条 日本臣民ハ法律二定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルルコトナシ

(口語訳)日本国の臣民は法律に定めた場合を除いて、信書の秘密を侵害されることはない。


 この条文は、いわゆる通信の秘密を定めたものです。各人が自由な活動をするにおいて、通信の秘密が保障されていることは必須であり、これが保障されない社会は自由のない全体主義社会であることは明らかでです。

 信書とは一般に手紙であり、ある人が他の人に当てて出した手紙に書かれている事柄の内容、または誰が誰に宛てて出したか、などその手紙に関わる一切の事項が秘密とされる、ということなのですが、現代ではもちろん、手紙だけでなく電話やメールの他様々な通信手段がありますので、これら全てを含むものとしてこの条文はひろく通信の秘密全てを包括するものと解釈すべきでしょう。

 いわゆる、通信に関するプライバシーの原則を定めたものというわけです。この条文に関しては、上述の如く現代の事情に即するように改正が必要かもしれません。



第27条 1 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵ルルコトナシ
     2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

(口語訳)1 日本国の臣民は自分の所有権を侵害されることはない。
     2 国家のために必要があり、やむをえずその所有権を制限しなければならないときは、法律の定める手続きに従って行わねばならない。


 各々の財産が勝手にわけもなく没収されたりするようなことがあれば、自由な発言や行動もできません。財産権の保障こそは、自由の保障された国家であることの最大のアイデンティティーです。一般的に、財産権の保障の度合いで、その国の自由度が測られるといえます。

 但し、どうしても国家のために必要があり、特定の人の財産を利用せざるをえないことがあります。公共事業や戦争の場合などがそうですね。でも、このような場合でも、法律で定められた手続きに従い、公正に行わねばなりません。



 第28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務背カサル限二於テ信教ノ自由ヲ有ス

(口語訳)日本国の臣民は国家の秩序を乱すことなく、臣民の義務に背かない範囲内において、信教の自由を有する。


 様々な宗教が存在し、そしてそれは時として争いの元となるのは、十字軍や三十年戦争など、特に西洋の歴史に照らせば明らかです。そして、現実に国家の中においてそれらが併存している以上、我が国の国体に害を与えることのない範囲内で、それらを保護していくことも必要です。こうして、この条文は、各人の信じる宗教と国家の秩序のバランスを取ったものであるといえます。



 第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内二於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

(口語訳)日本国の臣民は法律に定められた範囲内で言論や出版、集会や結社の自由を有する。

 
 財産権の保障と並ぶ、国体の下の自由の根幹をなす重要な権利である表現(言論)の自由を定めた条文です。

 前回もお話しましたが、各人が自由に自分の意見を表明し、デモや集会などに参加することは自由な国家を保持していく上で必須のものであり、我が国の国体を護持する上でも絶対に欠くことのできないものです。

 国体の護持は、政治家など一部の人たちに任せておけばよいものではありません。古来、我が国は名もなき優れた先人たちの弛みない努力に依って支えられ、発展してきました。我が国の国体は、英雄や一握りのエリートの指導のみによるものではなく、このような勤勉で優れた精神を持つ名もない庶民の努力によって支えられているのです。

 従って、国体護持は我々臣民の責務であります。表現の自由こそは、我々臣民が我が国の国体を守るために様々な活動をしていくための武器として、非常に重要なものであり、これが保障されない国家は自由のない全体主義国家であるといえます。



 第30条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別二定ムル所ノ規定二従ヒ請願ヲ為スコトヲ得

(口語訳)日本国臣民は適切な礼儀を守り、別に定める規定に従って請願をすることができる。


 請願権を定めたものです。自分の政治的な意見を直接帝国議会などに対して表明できるというもので、第29条の表現の自由を補完するものです。



 第31条 本条二掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ

(口語訳)この章に掲げた各条文は、戦時や国家事変の場合に天皇大権の施行を妨げるものではない。


 この第二章は国体の下の自由を成文化したものであり、従って国体が危機にさらされる場合において、それを護持する上で必要な限度において制約を受けることがあります。天皇大権とは、国体を護持するために天皇が各統治機構の協賛や輔弼を受けて行使する諸般の措置です



 第32条 本章に掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律二抵触セサルモノニ限リ軍人二準行ス

(口語訳)本章に掲げた条文は陸海軍に関する法令やその規律に抵触しないものに限って軍人にも適用される。


 当然のことですが、軍人も臣民であり、よって憲法が保障する国体の下の自由を享有することはいうまでもありません。

 しかし、その職務の性質上、例外的にその他の臣民よりもその自由を制限されることがあることもまた、やむをえないところです。本条文はその軍人についての適用例外を定めたものです。



 次回は、第三章 帝国議会 の解説に入ります。(ΦωΦ)



 このブログはこちらからの転載です → ブログ『大日本帝国憲法入門』

大日本帝国憲法入門(9)自由権について(ΦωΦ)

 こんばんは(ΦωΦ)

 今日は、国体の下に認められる様々な自由についてお話します。

 自由(権利)はいくつかに分類することができます。ここでは特にその根幹をなす3つのジャンル、精神的自由と人身の自由、そして財産権の保障について説明します。



 1 精神的自由

 私たちは一人一人が異なった性格、能力などを有し、そしてそれを生かして働くことで国家に貢献しています。このような一人一人の働きによって国家は興隆し、国体は保守されます。

 国体の保守にとって、一人一人が自分の能力に応じてそれを発揮し、自由にそれを発展させて努力していくことが大切なことは言うまでもありません。各人はその自由な競争によって、己を幸福にし、ひいては国体をも強固にしていくのです。

 このような各人の自由な競争による国体の保守のためには、その能力を存分に発揮する環境が必要です。ここに臣民はその能力を発揮するべく、様々な精神的自由を保障されるのです。

 例えば、第29条では前回もお話した「言論の自由」を定めています。これは精神的自由の中でも最も重要なものです。人は自分の頭で様々なことを考え、学び、それを様々な場で生かすことで国家に貢献します。自由に物事を考え、発表し、それを仕事に生かし、時には時の政権を批判するようなことが保障されていなければ、人は己の能力を伸ばしていくことはできず、国家は沈滞し、また批判を受けない政権は傲慢に、専断的になっていくでしょう。これこそは国体破壊につながる恐るべき事態です。

 そこで、大日本帝国憲法においては言論の自由の他、いくつかの精神的自由を成文化して保障し、もって国体の護持を図っているのです。



 2 人身の自由

 しかし、いくら自由が保障されているといっても、例えば時の政権を批判したばかりに何の罪もないのに言いがかりをつけられ、有無を言わせず逮捕され、有罪とされてしまった、というのでは話になりません。それでは、いくら言論の自由があるといっても何の意味もないことです。

 そこで、これをカバーしているのが人身の自由です。第23条では逮捕されたり処罰を受けるなどの場合には、必ず法律に定めた手続きを官憲の側が踏んでいなければならない、ということを定めています。証拠もないのに逮捕したり、裁判で有罪にしてはいけません、ということです。英米法ではこれを「適正手続の原理」といいますが、大日本帝国憲法も同様の事柄を定めています。

 このようにして、時の政権が臣民の自由を奪って好き勝手なことができないように、様々な工夫が凝らされているのです。



 3 財産権の保障

 更に、人が暮らし、そして自由に考え、活動する上で欠かせないのがその財産です。財産があってこそ人は安定した生活を営んでいくことができます。そして、考えてみて下さい。もしも時の政権が、好き勝手に気に入らない者の財産を没収できるのであれば、人は自由に物を考えたり、発言したり、政権を批判したりできるわけがありません。

 こうして、国体を保守していくためには臣民が各々の財産権を保障され、もしもやむを得ず没収するには、法律に定められた手続きを踏んでしか没収することはできない、とされているのです。



 4 自由権の保障のない国は、全体主義国家

 以上、お気づきになったかもしれませんが、これらの国体の下の自由こそ、国体を護持していく上で必要不可欠なものであるとともに、いわゆる全体主義(社会主義・共産主義や国家社会主義など)の国家においては保障されていないのです。

 全体主義国家においては、統治する者やグループの意思や命令こそが法律です。そこでは道徳や慣習などは悪しきものとして顧慮されません。立憲主義(法の支配)は存在しないのです。統治者やグループの意思に全国民が従うことに価値が置かれ、それに従わない国民には自由や権利はないものとして扱われてしまいます。

 18世紀のフランス革命から、20世紀においてはファシズムや共産主義により、そして現在に至るまで、全体主義国家は自国民の自由を奪い、他国をも侵略し、圧政を敷いています。

 我が国の国体はこれらの諸国とは異なり、古来の立憲主義を今に伝えてその自由を大日本帝国憲法に成文化しています。

 



 第22条 日本臣民ハ法律ノ範囲内二於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス

(口語訳)日本国の臣民は法律に定められた範囲内で、居住と移転の自由を有する。


 人が様々な活動をしていく上で、その居所を変え、自分の望む場所に住まうことは必要になってきます。この条文は、それまでの時代において一定の制限を受けていた居所の変更やその選択の自由を、法律の制限の下に原則として自由化することを規定したものです。



 第23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ

(口語訳)日本国の臣民は法律の定めによらないで、逮捕・拘留・裁判・処罰を受けることはない。


 人身の自由を定めたものであることは先ほどお話しました。法律に従って逮捕や裁判などが行われなければ、人は自由に生活していくことはできません。自由を重んずる国家と全体主義国家とを分つ、非常に重要な規定です。例えば、逮捕時には原則として逮捕状が必要である、という法律はこの条文に基づきます。



 第24条 日本国臣民ハ法律二定タメル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権利ヲ奪ハルルコトナシ

(口語訳)日本国の臣民は、法律に定められた裁判官による裁判を受ける権利を奪われることはない。

 
 前条と同様の趣旨で、裁判や判決も法律に従って行われなければならず、好き勝手にされてはならない、ということです。自由を保障する上で、欠くことのできない重要な規定で、第23条とともに適正手続の原理を定めたものです。例えば、刑事裁判においては被告人は国選弁護人を依頼できる、という法律はこの条文に基づきます。



 第25条 日本臣民ハ法律二定メタル場合ヲ除ク他其ノ許諾ナクシテ住所二侵入セラレ及捜索セラルルコトナシ

(口語訳)日本国の臣民は、法律に定めた場合を除いては、その許可なく住居に入られ、捜索を受けることはない。


 これは刑事事件の被疑者とされた場合などに、証拠などを押収するため住居に入るには、例えば捜索令状を必要とする、などの法律に定めた手続きによらなければならない、という趣旨です。勝手に人の家などを捜索され、所有物を没収されてはその人の財産権などが侵害されることになります。そのようなことを防ぐ趣旨の規定です。


 
 次回は第26条から解説します。


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大日本帝国憲法入門(8)〜 ネットで政権批判を禁じる法律が制定されても、帝国憲法では無効 〜

 こんばんは(。・ω・。)

 今日から、「第二章 臣民権利義務」の解説に入ります。



(1)「法律の範囲内」の保障とは 

 ~ ネットで政権を批判するのを禁じる法律を制定しても、帝国憲法では違憲無効 ~


 若干、法律学の専門的な話になってしまうのですが、少しお話しておきます。初めてお読みになる方で、「法」と「法律」の違い、立憲主義(法の支配)の意義をご存知でない方は、「入門の入門 立憲主義(法の支配)」などを参照して下さい。

 これからお話するように、第二章は様々な権利を保障しています。そして、これらの権利の多くは、「法律の範囲内で」あるいは「法律に定められたところにより」保障される、などとされています。
 
 つまり、例えば、憲法第29条で言論の自由を保障する、と規定されていても、では具体的にどのようなものが対象になるのか、どのようなやり方で言論を発表しても許されるのか、など、その言論の自由の範囲は法律によって決められるのだ、ということなのです。

 さて、ここで問題が生じます。例えば、「言論の自由」にはインターネットでの言論は含まれない、という法律ができたならばどうでしょうか?つまり、新聞やテレビ、雑誌などで時の政権を批判するのは構わないが、インターネットで政権を批判することは「言論の自由」に含まれない、とされてしまうわけです。

 もしもこのような法律ができたならば、多くの国民にとって、政権を批判する自由はなくなってしまいますね。後に詳述しますが、政権を批判する自由というものは、為政者が公正な政治を行う上で一定の範囲において保障されるべきです。国民から一切批判を受けない政権などというものは緊張感を失い、腐敗する恐れもあります。その意味では「言論の自由」は憲法が保障する権利の中で最も大切なものです。

 そう考えるならば、確かにテレビや新聞というメディアも重要ですが、現代社会においては、インターネットは大変重要な位置を占めるに至っていることはいうまでもありません。テレビや新聞でなかなか取り上げられることの少ないような意見も、インターネットでは手軽に発表できます。そうであれば、インターネットでの政権批判も、「言論の自由」で保障されるべきです。

 しかし、第29条は、「法律の範囲内において」言論の自由を保障する、としているのです。では、法律でどのように決められても、どうすることもできないのでしょうか?

 行政法学には、「法律の留保」という学説があります。これは、オットー・マイヤーというドイツの学者が唱えたものですが、「法律の範囲内で保障される」とされている「権利」の範囲は、どのようにでも法律で決めることができる、という説です。つまり、この考え方に従えば、インターネットで政権批判をするのを法律で禁じるのは憲法違反ではない、ということになります。

 しかし、この学説は我が国においては到底認められません。そもそも、立憲主義(法の支配)の下においては、国体に関わる重要な不文の規範(法)に反するあらゆる法律、勅令、命令、条約などは違憲であり無効となるのです。

 我が国においては古来より、人々の様々な表現活動や時の政権に対する批判も一定の範囲で行われ、これらが国家の安定に寄与してきたことは明らかです。「言論の自由」という言葉などはなかったとはいえ、これらが国体の護持にとって重要な機能を果たしてきたと言えるでしょう。よって、「言論の自由」は国体に関わる不文の法の一つであると言えます。

 従って、いくら「法律に定めた範囲」でしか保障されないと条文上は定めていても、国体に関わる不文の法の趣旨を損なうような法律は、憲法違反であり無効である、とされます。オットー・マイヤーの「法律の留保」説は立憲主義(法の支配)に反する学説であり、我が国では認められません。

 立憲主義(法の支配)の考えからは、現代社会においてはインターネットは大きな役割を果たしており、そこでの政権を批判する自由は「言論の自由」に含まれ、これを除外する法律は無効である、となります。

 以下、各条文の解説に入りますが、ここでの「法律の定める」あるいは「法律の範囲内」はこのような意味を持っていることを頭に置いてお読み下さい。
 


(2)臣民の権利と義務
 
 
 第二章 臣民権利義務


 
 第18条 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

(口語訳)日本国の臣民であるという要件は、法律によって定める。


 どのような人間が日本国の臣民といえるのか、は、法律によって定めることができます。ただし、法律で定めればどのように定めようと勝手だ、というわけではありません。(1)でお話したように、臣民は国家の根幹であり、その範囲に関わる規範は国体に関わる規範であるといえます。

 従って、その定め方によっては憲法違反で無効となります。



 第19条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格二応シ均ク文武官二任セラレ及其ノ他ノ公務二就クコトヲ得

(口語訳)日本国の臣民は法律や命令の定める資格に応じて公平に文武の官僚に任命され、そしてその他の公務に就くことができる。


 公務に就くことは、日本国臣民に等しく与えられた権利です。ここでは、法律だけでなく、命令によってもその条件を決定できるとされていますが、もちろん、命令も法の支配に従いますので、公務就任の公平に明白に反するような法律や命令は違憲無効となります。



 第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス

(口語訳)日本国の臣民は法律の定めに従って、兵役の義務を負う。


 第20条は兵役の義務を定めています。全て臣民は、祖国を防衛し国体を護持するため兵役の義務を負うこと、これもまた国体に関する不文の法といえます。我が国において武士が存在した時代には、この義務はただ彼らに専属していたかのように見受けられますが、やはりこの時代にも、ひろく臣民に祖国防衛と国体護持の義務があり、ただ戦に習熟した武士が率先してこれらの義務を果たしていたものと捉えるべきでしょう。

 この条文は、徴兵制をとるか、志願兵制をとるかも「法律の定めるところに」委ねています。ただし、潜在的に全ての臣民に兵役の義務があるとするのが我が国の国体に関わる不文の規範である以上、法律で平時には志願兵制を可としても戦時には徴兵制をとるという立法も、憲法に違反するとはいえないでしょう。



 第21条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス

(口語訳)日本国の臣民は法律の定めに従って、納税の義務を負う。


 いうまでもなく、税を納めることは臣民の義務です。臣民が納税すべきことは国家を運営していく上で必要不可欠であり、これもまた国体に関する不文の規範であるといえます。いかなる税を納めるべきかは法律で定められるわけですが、反面、過度の重税は臣民を「大御宝」としてきた我が国の国体に関する不文の規範に反することになり、違憲無効となる可能性があります。


 次回は「第22条 居住と移転の自由」からです。


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大日本帝国憲法入門(7) 臣民の権利と義務(総論)

 こんばんは

 今日から、「第二章 臣民権利義務」の解説に入ります。各条文の解説の前に、大日本帝国憲法の「臣民の権利」(国体の下の自由)について、簡単にお話したいと思います。



(1)国体の下の自由(臣民の権利)


 大日本帝国憲法においては、「第一章 天皇」の次に、この「第二章 臣民権利義務」が掲げられています。これはすなわち、我が国の国体が民を「大御宝」として愛し、その幸福を願うものであることの現れです。歴代の天皇陛下は常に私たちのためにたゆみない祈りとご慈愛を注がれていらっしゃいました。

 私たち日本人は、数千年にわたるその営みの中に、皇室を中心とする天壌無窮の国体に基づく道徳や慣習などを築き上げてきました。これらの道徳や慣習などは非常に多様であり、家族や地域から始まって国家のあり方を規定するような、国体に関わる規範まで及んでいます。これらの中で、特に国体に関わる道徳や慣習などのことを憲法と呼ぶ、ということも何度もお話しました。大日本帝国憲法は、それらの不文の規範の内、特に成文化すべきものを取捨選択したものなのです。

 従って、憲法において保障される自由(権利)というものを考えるに当たっては、道徳や慣習などの最小単位である家族を重視することは不可欠です。家族こそは道徳の学校といえるでしょう。

 自由とは、人が生きる上での至上の価値です。しかしながら、一方で自由とは、その人が生きる国家において、如何なる道徳や慣習が通用しているのか、によって規定されてきます。自由は道徳や慣習によって守られ、支えられて、初めて有効になるのです。

 新しいものが全て悪いというのではありません。しかし、国家のあり方というものは数千年もの積み重ねの上にあるものです。如何なる英雄のリーダーシップや、天才的な学者の思想も、歴史の中に生まれ、日々を営み、その生を終えていった無数の名もなき人々によって培われてきた道徳や慣習や伝統に勝るものではありません。

 このように、道徳や慣習などが支える国体の下において保障される自由が、国体の下の自由です。そしてこれらは、『日本国憲法』に列挙されている「基本的人権」とは本質的に全く異なるものです。
 
 道徳や慣習、伝統を否定するところに自由は存在し得ません。かつて、フランス革命やロシア革命などでは、従来の道徳や慣習などを否定し、一から「理性」に基づいて新しい道徳と国家を建設する試みが行われました。しかし、それらはあらゆる悲惨と虐殺、暴政の末に自由は圧殺され、狂信とテロ、独裁が横行する悲惨な結果に終わったのです。

 社会科の教科書などでは、特にフランス革命はすばらしいものとして賞賛する論調のものもあります。標語として「自由・平等・博愛」などが掲げられた、などの記述をご覧になった方もおられるでしょう。

 しかし、そのような美辞麗句とは裏腹に、革命の名の下に行われた非道は眼を覆うばかりのものです。一体、なぜ「理性」を掲げた人々がこのようになってしまったのでしょうか?

 「理性」「合理主義」の尊重は、従来の道徳や慣習の否定へとつながっていきます。「革命のためなら如何なることも許される」ということになるのです。すなわち、革命に反対する者には、自由などを保障する必要はない、彼らには何をやっても許される、というようになるのです。

 つまり、「理性」「合理主義」というものは、自然科学の分野では大いに力を発揮し、有用でしょうが、それをそのまま国家に当てはめ、「理性」「合理主義」の力で国家を建設する、あるいは運営するというのは、非常に危険であり、やってはならないことなのです。

 しかし、その「理性」「合理主義」による社会改造を提唱したのがルソーであり、その思想はフランス革命を引き起こした後も社会主義や共産主義、国家社会主義などへと発展していきました。

 これらの思想の信奉者らによって引き起こされたロシア革命、第2次世界大戦、支那の国共内戦など、その犠牲者は膨大なものです。

 現代は、共産主義による革命が頻発するような時代ではありません。では、このような思想は死に絶えたのでしょうか?

 とんでもありません。「理性」「合理主義」信仰は、その名を名乗らず、あるいはその名を変えて、狡猾に我々の社会に浸透しようとしています。現在は、左翼は武力による革命ではなく、教育や宣伝によって我々を左翼思想へと巧みに誘導しているのです。我々は、何もせず座っているだけでも、知らず知らずのうちに左翼思想の信奉者にさせられています。

 ルソーら「理性」崇拝者らは、従来の道徳や慣習の下で保障されてきた自由を否定するため、それらから解放された「新しい自由」を観念せざるをえませんでした。これが「基本的人権」です。「基本的人権」は、「理性」崇拝、つまり左翼思想の源流に基づくものなのです。



(2)「基本的人権」は「理性」崇拝の左翼思想

 
 「基本的人権」とは、「臣民」あるいは「国民」の権利ではなく、国家から「解放」(これは左翼用語ですなわち国家を否定、破壊)された単なる「人」の権利を意味します。すなわち、従来の道徳や慣習、さらには国体を否定、破壊することを前提に観念されています。従来保障されてきた自由を否定、破壊するということなのです。「基本的人権」の保障される社会は、自由の消滅した全体主義社会です。

 国家から「解放」(国家を否定、破壊)された、そして道徳や慣習を破壊されたバラバラになった「個人」は強力な暴力に屈せざるを得ません。かくして革命による新国家は全体主義(ファシズム)社会となるのです。

 しかし、このような「基本的人権」の危険性を一言も教えないどころか、あたかも「基本的人権」が保障されなければ自由は消滅するという、事実とは全く逆の悪質なプロパガンダが公然と行われています。左翼思想に偏向した教育を一方的に押しつけている、これは洗脳に他なりません。

 我々は、断固として「基本的人権」を排斥、拒絶し、「国体の下の自由」へと回帰せねばなりません。



(3)「平等主義」も左翼思想

 
 ここでいう「平等主義」とは、法律上、人を公平に扱うということではありません。法律上、人を公平に遇するのは正当なことです。

 これに対して、「平等主義」とは、人の元来有する個別の違い(身分・性別・能力・財産など)の差異を認めず、またはこれらを均等化しようとすることです。例えば、『日本国憲法』においては第24条において、「両性の本質的平等」という文言があります。これは、男性と女性は「本質的」に同じである、または国家権力で無理やり同じにしてしまう、ということなのです。

 家族の根本要素は男女の結びつきです。古事記や日本書紀にみえる「国産み」も、伊耶那岐大神と伊耶那美大神の夫婦によって行われたように、この日本の誕生にも男性と女性の存在は神聖な意味を持ちます。しかし、国家を破壊する革命を指向する左翼思想においては、道徳や慣習の学校である家族は邪魔なものでしかありません。左翼思想が家族からの「解放」(家族破壊)を叫ぶのは、このような意図があるのです。

 
 次回は、第18条からの各条文の解説をしていきます。


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2011年10月24日月曜日

大日本帝国憲法入門(6)天皇の緊急勅令など

 こんばんは 


 今日は、『第1章 天皇』のその他の条文についての解説をします。なお、今回から各条文に口語訳をつけました。適宜、読みやすいように句読点などを振り、意訳している場合もありますので、ご了承ください。




 第8条 


 1 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要二由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス


 2 此ノ勅令ハ次ノ会期二於テ帝国議会二提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来二向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ


(口語訳)


1 天皇は公共の安全を保持し、またはその災厄を避けるため緊急の必要により帝国議会の閉会の場合において法律に代わるべき勅令を発する。


2 この勅令は次の会期において帝国議会に提出しなければならない。もし議会において承諾を得られなかった時には、政府は将来に向かってその効力を失うことを公布しなければならない。



 第8条は、天皇の緊急勅令と呼ばれるものです。もちろん、「天皇は統治すれども親裁せず」ですので、天皇自身が勅令の内容を考えるわけではありません。実際に勅令の内容を考えるのは内閣です。内閣の考案した勅令を、天皇の名において発するわけです。


 但し、勅令や命令もまた憲法(国体に関する不文の法)の下位にあるものなので、国体の中心である天皇がそれらを発する権限を持つ、ということなのです。


 ここで、内閣について簡単に触れておきます。


 大日本帝国憲法は、伊藤博文・井上毅・金子堅太郎・伊東巳代治ら、当代の保守思想を熟知した英才によって起草されたのですが、その外形は当時の欧化政策に倣い、ヨーロッパの立憲君主国であったプロイセン王国憲法を範としました。


 教科書などを読むと、あたかもその内容までプロイセンの憲法に倣って起草したように思われてしまうのですが、今までお話してきたことからもお分かりのように、それは完全な誤りです。大日本帝国憲法は、我が国の国体に関わる不文の規範(法)を成文化したもの(この点について、初めてお読みになっている方は『入門の入門』「立憲主義(法の支配)」などを参照して下さい)であって、プロイセン憲法を模倣したというのはあくまで制度上の外形に過ぎません。


 そして、その制度として導入されたものの一つが内閣です。内閣制度については第4章などでお話しますが、実は、大日本帝国憲法の条文上では、内閣や、総理大臣というものは規定されていないのです。単に、国務大臣という言い方でしか表現されていません。


 しかし、大日本帝国憲法下においても内閣制度や内閣総理大臣は、憲法上の習律として存在を当然視されてきました。条文にはなくても、存在するのが当たり前だとされてきたのです。


 さて、第8条は、もしも帝国議会が閉会中に、緊急を要する事態が発生し(例えば戦争など)、何らかの法律を制定しなければならないときはどう対応すべきか、ということについて定めたものです。この場合、内閣は天皇を輔弼し、天皇の名において、法律の代わりとなる勅令を発することができる、というのです。


 「政務の合議制」は我が国の国体に関わる不文の法です。勅令の内容は、閣議という形で合議により決定されるのですが、何ぶん緊急のことであり、二院制を採ってより多くの議員によって慎重に審議の上協賛された法律と比べるならば、「合議」の徹底度でいえば、やはり法律の方が上でしょう。法律は勅令や命令の上位規範なのです。


 そこで、第8条第2項は、このような緊急勅令の存在をやむをえないものとしつつ、その勅令が合議制の度合いがより徹底している議会の承諾を得られなければ、将来に向かってその勅令は無効となる、と規定したのです。


 無効とは、ある法律がその効果を失うことであり、通常は初めに遡って無効となるのですが、この場合はそれでは様々な混乱を生じてしまうので、議会の承認が得られなかった時点から無効とする、とされたのです。


 このように、第8条は緊急事態において議会が開かれない時の対処と、政務の合議制の法とのバランスを取った条文です。




 第9条 


 天皇ハ法律ヲ執行スル為二又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及ヒ臣民ノ幸福ヲ増進スル為二必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス


(口語訳)


 天皇は法律を執行するために、または公共の安寧秩序を保持し、及び臣民の幸福を増進するために必要な命令を発し、または発させる。ただし、命令をもって法律を変更することはできない。



 法律を制定しても、どうしても細かいところまで決めるわけにはいきません。また、言葉の意味をどう解釈すべきか疑問が生じることもあります。さらに、第8条のように議会が閉会中でなくても、何らかの形で法律を補う必要も出てくることがあります。


 そこで、内閣は天皇を輔弼し、かつその名において、このような場合に命令を出し、法律を補うことができるようにしました。それがこの第9条です。


 しかし、これにも第8条と同様の問題があります。合議制の度合いでいえば、法律の方が上です。従って、このような命令を出すのはいいとしても、これをもって法律を変更してしまうことはできません。法律に反するような命令は無効、というわけです。但し書きではこのことを、「命令で法律を変更することはできない」として定めています。




 10条 


 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任命ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各其ノ条項二依ル


(口語訳)


 天皇は行政各部の制度、及び文武官の俸給を定め、文武官を任命する。ただし、この憲法や他の法律に特例を定めている場合はそれによる。



 第10条は、天皇が文武の官僚を統制し、これに任命権を持つことなどを定めています。官僚は国家に奉仕すべき存在であり、国体の中心たる天皇が任命権を持つのは当然です。もちろん、任命は内閣の輔弼によって行われます。




 11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス


(口語訳)天皇は陸海軍を統帥する。



 12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム


(口語訳)天皇は陸海軍の編成と常備兵力を定める。



 13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス


(口語訳)天皇は宣戦布告をし、講和し、その他様々な条約を締結する。


 

 神武天皇もそうであられたように、国体の中心である天皇が軍を統帥することは我が国の国体に関わる不文の法です。実際の指揮は戦争のプロである軍人が行うとしても、全軍の大元帥は天皇であるのです。従って、その編成や常備兵力も、各大臣の輔弼をもって天皇が決定するのです。


 第13条では、宣戦布告や講和の他に、平時に締結される条約においても各大臣の輔弼をもってすることとし、帝国議会の協賛は必要ないものとしています。


 


 14条 1 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス


     2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム


(口語訳)1 天皇は戒厳を宣告する。


     2 戒厳令を発する要件と、その効力は法律によって定める。



 第14条は戒厳について定めています。戒厳とは、国内が緊急事態に陥ったとき、国体を護持するため一時的に臣民の権利や法律の効力などを停止するなどの必要な措置を取ることです。「戒厳令」という法律によって、要件や効力が定められていました。




 15条 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス


(口語訳)天皇は爵位や勲章、その他の栄典を授与する。


 

 爵位についていえば、帝国議会は貴族院と衆議院の二院制であり、合議制もかかる世襲と民選の組み合わせで所期の効果を発揮し得ます。詳細は第三章で述べます。

 



 16条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス


(口語訳)天皇は大赦、特赦、減刑、復権を命じる。



 裁判によって刑の宣告がされ、服役中の者に対して、何らかの事情で刑の免除が行われることがあります。これらももちろん、大臣の輔弼によって天皇の名において行われます。




 17条 1 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル


     2 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ


(口語訳)1 摂政を置く場合には皇室典範の定めによる。


     2 摂政は天皇の名において大権を行う。



 天皇が幼少であったり、長きにわたってその役割を果たせないときには摂政が置かれます。摂政は天皇の名においてその役割を代行しますが、75条では摂政が置かれている間は大日本帝国憲法や皇室典範を改正できない旨定めています。後に詳述します。



 次回は、『第2章 臣民権利義務』に入ります。




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大日本帝国憲法入門(5)天皇の立法権

 こんばんはo(`・ω´)o


 今日は天皇の統治に関する各行為のうち、第5条から第7条について、お話します。第5条以下には、天皇の統治に関する行為が列挙されています。これらは、第4条にある「統治権の総攬」を受けて、これを具体的に列挙したものです。




 

 (1)法律の淵源たる天皇


 

 第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ


 第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其公布及執行ヲ命ス



 第5条は天皇の立法権を定めたものです。ただし、法案を審議し、法律として可決するのは第三章に規定されている帝国議会です。従って、立法権といっても、法案を起草したり、法律として可決するわけではありません。第6条にあるように、天皇の立法権についての行為は法律の裁可、公布、執行の命令ということになります。


 すなわち、これは第3条に現れている、「政務の合議制」の法によるものです。立法権は天皇に属するものの、法案の審議や可決は必ず合議制である議会において行われなければならず、これを経ていない法律は、「政務の合議制」の法に反し無効である、というわけです。「政務の合議制」が神話時代の高天原からの伝統であることもお話しました。


 では、実際に法案を審議し、可決する権限が帝国議会にあるならば、なぜ立法権は帝国議会にあるとしなかったのでしょうか? 法律の内容を決定する権限は、帝国議会にあるわけですから、立法権もあるとしても違和感はないのではないでしょうか?


 しかし、我が国においては法律とは書かれざる不文の「法」が文字として表現されたものです。法の淵源は国体です。よって、国体の中心である天皇こそが、全ての法律の淵源であるのです。


 確かに、その実質的な内容について決定するのは帝国議会です。ただし、法律が国家全体についての規範である以上、法律の淵源たる法の中心である天皇こそが、その立法権を有することになります。


 もちろん、「政務の合議制」や「天皇は統治すれども親裁せず」の法により、帝国議会が協賛した法案について、天皇が裁可を拒否したりすることは通常は認められないのです。


 法律は、法案を帝国議会が第5条によって協賛し、天皇が第5条の立法権に基づいて第6条の行為を行うことで国家に通用することになる、というわけです。


 よって、第5条及び第6条は、「政務の合議制」「天皇は親裁すれども統治せず」を帝国議会の協賛による天皇の立法権について成文化したものであるといえます。



 第7条 天皇ハ帝国議会ヲ招集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス


 

 天皇が法律の淵源である以上、第7条に定めるその協賛機関である帝国議会の招集などの行為が天皇の権限に属することは言うまでもないでしょう。ただし、これらも「天皇は統治すれども親裁せず」ですので、実際に決定するのは内閣です。




 

 (2)「法」と「法律」の違い


 

 さて、非常に大切なことですので、上の説明でも出てきましたが、少し「」と「法律」についておさらいしておきます。これは保守思想の基礎ですので、しっかり理解しておいて下さい。


 日常生活では、法も法律もほぼ同じ意味で用いられています。しかし、保守思想においてはこれらは完全に区別されます。


 「法律」とは国家の議会において可決を経た、その国家全体に通用する規範です。従って、その議会を構成する議員である特定の人々によって制定されたものです。法律は条文化された、書かれた規範です(成文法)。


 これに対して、「法」とは、その国家において祖先から伝統的に継承されてきた道徳や慣習、文化などの規範です。従って、特定の誰かによって作られたものではなく、無数の名もない人々の営みにより形成されてきたものです。法は道徳や慣習などであり、従って書かれた規範ではありません(不文法)。


 この法の中でも、特に国体に関わる重要な法のことを、憲法といいます。従って、憲法とは元々は国体に関わる重要な道徳や慣習などであり、不文法です。時代の節目においては、これらの規範の中で適当と思われるものをあえて成文化することもあります。このように成文化された憲法のことを、憲法典ということもあります。憲法十七条や五箇条の御誓文、大日本帝国憲法などは憲法典です。


 しかし、日本国憲法は憲法の定義に当てはまるものではありませんので、憲法としては無効です。憲法ではないものを条文化して縷々書き連ねてしまっているものであり、タイトルが憲法となっていても、中身は憲法ではありません。


 法律は議会において、その多数決をもって可決されるものです。しかし、多数決で決めてしまえばどんなことでも許されるかというと、それはとんでもない間違いです。多数決ならどんなことでも許されるのだ、というものが国民主権(民主主義)であり、これは法に支えられた国体を護持しようとする立憲主義(法の支配)と真っ向から対立するものです。


 立憲主義(法の支配)においては、法に違反する法律は、たとえ多数決をもって可決されても無効です。憲法違反で無効である、というわけです。


 このように、法は法律の上位に位置するものであり、両者は完全に区別されるべきものです。このブログでは、特に断りのない限りは「法」と「法律」を区別してお話していきますので、気をつけてください。


 


 次回は、第8条・第9条「天皇の勅令」です。( ω)



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2011年10月18日火曜日

大日本帝国憲法入門(4) 第4条 国体の下の天皇

 (1)第3条の補足(天皇の無答責)


 こんばんはo(`・ω´)o


 今日は「第4条 国体の下の天皇」ですが、第3条について、少し補足をしておきたいと思います。


 第3条は天皇の神聖性ですが、この「神聖」という言葉の定義について、この前お話しました。すなわち、「神聖」とは政務の合議制と、統治すれども親裁せず、の二つの法を指すものである、と。


 実は、更にここには、もう一つの法が含まれているのです。天皇は国体の中心であることから、その存在は国家の根幹に関わるものです。また、政務は合議によって行われ、親裁しないということから、天皇は政務について責任を負わない(天皇の無答責)のです。


 内閣・議会・裁判所など国家機関が様々な行為を行い、それらは天皇の名においてなされるのであっても、天皇は政治について一切責任を負うことはない、ということなのです。


 例えば、ある政策が不当であったからといって、天皇がそれについて責任を問われることはありません。立法や判決について、それが不当であっても責任を問われることはないということです。


 以上、第3条は簡潔な条文ですが、非常に大切な法を三つも成文化している、非常に重要な条文であるということですね。



 



 (2)第4条 国体の下の天皇


 第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ



 まず、前段の「国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ」については、天皇は我が国の元首であり、統治権を総攬(一手に引き受けること)する、という意味であり、特に問題はないでしょう。元首であることや、統治権を総攬することについては第1条からも読み取れることであり、これだけでは第4条の存在意義はほとんどありません。


 第4条の存在意義はむしろ後段の、「此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」にあります


 まず、ここで、天皇の統治権が、「此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とされていることに留意して下さい。すなわち、天皇は統治権を憲法に従って行使しなければならない、とはっきりと書かれているのです。


 統治権というものは、天皇の好き勝手に行使してよいのではなく、あくまでも憲法の規定に従って行使しなければならない。このことからも、「天皇主権」などというものが憲法の条文に明白に違反していることは明らかでしょう。法律学というものは、条文に明白に反する解釈などできないのですが、「天皇主権」説は明らかに第4条に反する解釈であり、到底認められないことがここからも分かります。


 さて、ここで思い出してみましょう。憲法とはそもそも何でしょうか?基本中の基本です。


 憲法とは国体に関わる道徳や慣習、伝統などの不文の規範(法)のことです。従って、憲法の本来の姿は道徳や慣習などであって、成文化されたものではありません。


 ただ、国家の重大な節目などにおいて、それらの重要な規範を再確認する必要が生まれます。そこで、それらの一部を成文化し、条文にしておくわけです。


 このように成文化されたものが憲法典と呼ばれ、成文憲法となるわけですが、憲法の本体はあくまでも国体に関わる不文の規範です。従って、憲法十七条や五箇条の御誓文、大日本帝国憲法や皇室典範などは憲法ですが、このような書かれたものだけが憲法ではありません。言ってみればこれらは憲法本体の影のようなものであって、しかも成文化されているのはほんの一部に過ぎないのです。


 憲法といえば、どうしても「~憲法」というタイトルの、第何条、・・・というものを思い浮かべてしまいますが、保守思想においては憲法とはこのような不文の法です。しっかりと理解しておいて下さい。


 ということは、この第4条にいう「この憲法の条規」という文言も、「この憲法」とは大日本帝国憲法という成文法のみを指すのではなく、国体に関わる不文の規範を指すと解釈すべきです。


 すなわち、成文法である大日本帝国憲法の背後には国体に関する不文の法があります。従って、各条文を解釈するには、必ずこれらの不文の法を斟酌しなければ正しい解釈にはなりません。つまり、「この憲法」とは大日本帝国憲法も含めた、国体に関わる不文の法全てであるのです。


 これをもって、この第4条こそは入門の入門でお話しした国体に関する不文の法、「天皇といえども国体の下にある」を成文化したものであることが分かります。


 すなわち、天皇は統治権を総攬するものであるが、それはあくまでも国体に関わる規範に反しないように行使しなければならないという立憲主義(法の支配)の原理を宣言するとともに、「天皇主権」のような「主権論」を明確に否定したものこそが、第4条です。


 このように、一見すると第1条と重複するようであったり、あるいは当たり前のことだけを述べているような条文なのですが、解釈してみると非常に重要なことを述べているのが分かります。




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大日本帝国憲法入門(3) 第3条 天皇の神聖性

 こんばんは(´ω)


 まず、皆様に厚くお礼申し上げます。


 皆様のご支持のおかげで、このブログが「人気ブログランキング」法学・法律ジャンルで6位となりました(101218時現在)。


 正直言って、このブログを始めた当初はここまでのご支持を頂けるとは、夢にも思っておりませんでした。


 このブログを作った趣旨は、大日本帝国憲法の真の姿を知ってもらうとともに、その根底にある保守思想について学んで頂きたいと思ったからです。


 非常に残念なことに、我が国の教育界ではいわゆるリベラルな学派のみに力点が置かれた教育がなされ、保守思想についてはほとんど教えられていません。これはどう考えても非常に偏ったものであると言わざるをえません。おかげで、多くの方が物事を公平に見る見識を身につけることができないままとなっています。これは非常に不当です。


 このブログを通じて、皆様が保守思想とは何であるのかを学び、このような偏りを正す一つの助けとなるのならば、大変うれしいことです。


 これからも、分かりやすくレベルの高いものを目指して参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




 

 第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス


 

(1) 天皇は統治すれども親裁せず


 

 さて、今日は第3条の解説をいたします。このブログを途中からお読みの方は、『入門の入門(2)』~天皇は統治すれども親裁せず~ をお読みになってからこちらを読んで下さい。


 まず、第1条を思い出しましょう。第1条は、「天皇による統治」が規定されています。第3条は、この「天皇による統治」をやや具体的に説明したものなのです。


 つまり、これは以前『入門の入門』でお話しした、「天皇は統治すれども親裁せず」の不文の法を成文化したものです。天皇は統治するが、政務をとるのではない、ということです。


 実は、この不文の法は、何と『古事記』に見える高天原の神々の代に遡るのです。高天原の統治者は天照大御神ですが、天照大御神は独断で物事を決定されたりはなさいません。神々の合議によって決定されていくのです。天照大御神は統治者であっても、独裁者ではないのです。


 ここから、我が国の政務においては合議制が採られるということが、国体に関する不文の法であることが分かります。


 また、天照大御神の命を受けた建御雷神は大国主神にこのように問うています。


「汝(大国主神)がうしはける葦原中国(日本のこと)は、我(天照大御神)が御子(天忍穂耳命)の知らす国ぞと・・・」


 ここには、非常に興味深いことが述べられています。すなわち、「知らす」と「うしはく」です。大国主神は、「うしはく」存在です。うしはくとは、実際の政務をとる、ということです。これに対して、天照大御神の御子である天忍穂耳命やその御子、邇邇藝命の「知らす」とは、まさに統治するということです。


 大国主神は葦原中国を完成させ、その政務を執っていました。しかし、これは「統治」していたわけではありません。この国を統治するのはあくまでも天照大御神とその子孫です。まさにこれこそが、現在に至るまで続いている天皇の統治の淵源なのです。


 つまり、この神話には天皇は統治する(知らす)けれども親裁(うしはく)はしないのだ、ということがはっきりと現れているのです。天皇の統治と、その下の実際の政務を執る権力とをはっきりと分けるということです。


 人の代となっても、この伝統はそのまま引き継がれていきます。天皇は、豪族らの合議に基づいて統治を行う(知らす)が親裁(うしはく)しない。やがて、「うしはく」者が摂政・関白、幕府などというように変遷しても、この国体に関する規範は不変です。統治する(知らす)天皇による任命がなければ政務を執る(うしはく)者らはその力は持ち得ない。


 なぜこのような、いわば役割分担が行われてきたのでしょうか。これは思うに、国体の中心であり、祭祀と統治を司り(知らす)、不文の法の世界に属する天皇(聖なる存在)は、国体とは間接的な関わりしか持たず、政務を司り(うしはく)、成文法の世界に属する摂政・関白・幕府など(俗なる存在)に関わるべきではないということでしょう。


 かくして、この「天皇は統治すれども親裁せず」「政務においては合議制を採る」は成文化され、帝国憲法第3条となったのですが、起草者はこれを天皇の「神聖」という言葉で表現しました。この短く簡潔な条文には、このような神代に淵源する不文の法が込められているのです。


 ただし、国家の大変事などには例外的に天皇が親裁することもあります。しかし、あくまでもそれは例外であり、平時には天皇が親裁することは法に反するのです。




(2)「天皇主権」というウソ


 帝国憲法においてはこのように、「天皇は統治すれども親裁せず」の法が成文化され、この伝統は守られてきました。確かに、第5条や第55条、第57条を一見すると、まるで天皇が自ら立法権や行政権、司法権を行使し、議会や内閣や裁判所はこれに従属するだけであったかのようです。しかし、それは全くの誤解です。


 条文の文言(成文法)のみを見て、背後にある不文の法を知らなければそのような解釈になってしまうでしょうが、以上に述べた通り、帝国憲法下においても我が国の不文の法の通り、「うしはく」のは内閣や帝国議会、裁判所です。


 教科書などには、「天皇主権」という言葉が出てきます。よく見られるのは、大日本帝国憲法は「天皇主権」を定めていた、という記述ですが、これは完全な間違いです


 『入門の入門』 ~法の支配(立憲主義)~ でもお話したように、「政治についての完全で最終的な決定権」という意味での「主権」などというものは、法の支配(立憲主義)と真っ向から対立するものです。


 我が国においては、神代より「天皇は統治すれども親裁せず」「政務においては合議制を採る」の不文の法が守られています。


 しかし、「天皇主権」とは、「天皇が政治についての完全で最終的な決定権を持つ」ということです。つまり、合議によらず、全て政務を天皇自らが決し、そして天皇個人の考えであらゆる法を廃止・破壊することも可能である・・・極端に言えば、我が国を滅ぼすことも可能であるという無茶苦茶な観念なのです。


 このようなことが帝国憲法下で認められていたなどというのは、あまりにも馬鹿馬鹿しくて話にならないのです。なのに、堂々と教科書には書かれています。一体なぜなのでしょう。


 これについては、また後ほど詳しくお話したいと思います。



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