2012年2月25日土曜日

大日本帝国憲法入門(19)

 こんばんは。今日から、「第五章 司法」に入ります。

 まず、初めに司法権の意義について、簡単にお話しておきます。


<司法権の意義>


 司法権とは、法に則った法律に基づく裁判を通じて、国体を護持するものである。

 
 司法権って何? と聞かれたら、多くの方は「裁判をすること」と答えられることと思います。もちろんその通りなのですが、実は、裁判という機能には、ただ単に民事や刑事の事件を裁判し、判決を下すということ以上の役割が含まれているのです。

 裁判は、法律に則って行われます。被告または被告人の行為が違法であるかを裁判するわけですが、そもそも法律は法(不文憲法)に違反していてはならないのです。

 ゆえに、いくら裁判で判決が出されても、そこで適用された被告や被告人の行為を違法とする法律そのものが法に反するものであれば、これは無効の判決ということになってしまいます。

 そこで、裁判の過程で、その事件に適用される法律が法に違反していないかが裁判官によって審査されるわけですが、これは法を成文化した憲法典に、その法律が違反していないか、を審査するという形式で行われます。

 つまり、その法律が憲法(成文憲法)に違反している場合、その法律をその事件に適用して判決を下すことはできないので、これを無効とし、その上で判決を下します。

 これを、違憲立法審査権と呼んでいます。『日本国憲法』では第81条で明文化されているものですので、ご存知の方も多いと思います。

 このように、違憲立法審査権は、憲法(成文憲法)とは法(不文憲法)を成文化したものであるということを前提に、法に反する法律を無効とするものなのです。

 司法権には、このように法律が法に違反していないか審査する役割、すなわち国体に関わる規範が議会の立法する法律によって侵害されることを防ぐ役割、国体を護持するという重大な役割があるのです。




<大日本帝国憲法における違憲立法審査>


 
 大日本帝国憲法は明文では違憲立法審査権を規定せず、実際の運用でも裁判所が違憲立法審査権を行使することはありませんでした。

 しかしながら、大日本帝国憲法が立脚する法の支配(立憲主義)の理念からは、法に反する法律が無効とされることは当然のことであり、違憲立法審査制が定められていないからといって、大日本帝国憲法が違憲立法審査制を明確に否定するものであると断言することはできません。

 起草の過程での諸事情もあったでしょうが、法の支配(立憲主義)を理念とする大日本帝国憲法において、法律が法に違反していないかを審査する機能を設けて置くことはその理念に適うとともに、必要なことであったと思われます。

 従って、大日本帝国憲法を復元する際には必ず、改正により裁判所に違憲立法審査権を明文で付与すべきと考えます。

 


<『日本国憲法』のでたらめさ>


 実は、『日本国憲法』のでたらめさは、この「司法権」というものの捉え方にも現れています。

 『日本国憲法』において、この違憲立法審査制が成文化されていることは、この法典の長所の一つであるという評価はできます。

 そして、それは違憲立法審査制が法の支配(立憲主義)の理念に基づくものであり、成文憲法において必ず成文化して法の支配を守る砦とせねばならないからなのです。

 ところが、今までにもお話してきたように、『日本国憲法』は法の支配の理念に基づいて起草されたものとは、到底言えません。

 法の支配を真っ向から否定し、それを破壊する「基本的人権」「国民主権(民主主義)「平等主義」「平和主義」などのカルト宗教的ルソー思想が根幹となっている『日本国憲法』は、そもそも憲法ですらありません。タイトルに憲法と書いてあるだけの、左翼全体主義思想のプロパガンダに過ぎないものです。

 やや今回のテーマとは離れますが、具体的な条文などを見ても、整合性に著しく欠ける箇所が見られます。

 例えば、第三章は「国民の権利と義務」という表題です。ところが、列記されているのは「基本的人権」とされている権利です。第97条にははっきりと「基本的人権」という言葉が使われています。

 「国民の権利」とは「国民」すなわちその国家において祖先から相続、継承してきた権利であって、これは法の支配に基づくものです。「基本的人権」とは正反対の概念である「国民の権利」を、それと同義に用いているとは、重大で明らかな誤りです。

 そして、第41条では、「国会は、国権の最高機関・・」である、と定めています。法の支配の理念の下では、立法・行政・司法の三権が分立することによって互いに牽制し合い、これをもって自由を保障しているのですが、「最高機関」という表現はあたかも国会が他の機関の上位に立つが如きものです。

 これは、『日本国憲法』が法の支配(立憲主義)を否定するものであることの一つの論拠といえます。にもかかわらず、他方では第81条で法の支配を前提とする違憲立法審査制を規定しているのです。

 こうして見ると、『日本国憲法』は相反する理念がごちゃ混ぜにされた、法典としても甚だ拙劣なものと言わざるを得ません。




<今日のポイント>


 1.司法権とは、法(不文憲法)を守ることにより、国体を護持するものである。

 2.司法権のこの働きを、違憲立法審査制という。

 3.大日本帝国憲法を復元する際には、改正により違憲立法審査制を明文で規定するべきである。



 次回から、各条文の解説に入ります。( ・ω・)ノ



 このブログはこちらからの転載です → 『大日本帝国憲法入門』

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