2010年12月11日土曜日

悪魔の飽食 ガリオア・エロア資金

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*ガリオア資金(占領地域救済政府資金)
対日援助額は、1946年度から1951年度までの累計で16億ドル弱。
日本向けには「家畜の飼料」用であった「脱脂粉乳」「雑穀類」を食料として送った。
援助総額は、ガリオア資金と合わせて18億ドル以上援助開始時には無償とされたが、1948年01月、アメリカは突如として日本に対し返済を要求。
日本は反発し、1954年以来、日米間で交渉が行われ、7年後の1961年06月、返済額4億9000万ドル、返済期間15年、年利2.5%の条件でが調印された。
妥協案が成立。翌1962年01月09日、外相小坂善太郎と駐日大使エドウィン・O・ライシャワーとの間で返済協定が調印され債務は、1973年に前倒しで完済。
戦後、増産を続けていたアメリカの余剰農産物のはけ口として日本は標的になった。家畜の飼料の飼料用の小麦や脱脂粉乳を「善意」による無償の食料供給という形で、学校給食などに供給した。しかし、1950年代になると、アメリカは余剰農産物を将来にわたって売り込めるように策謀し、 1951年サンフランシスコ講和条約締結により日本は形のうえで独立国となると同時にガリオア資金援助を打ち切り、1954年にアメリカは余剰農産物処理法(農業貿易促進援助法)を成立させた。パンと脱脂粉乳を使った学校給食を食べた子供たちが大人になったとき、パンを食べることが当たり前にする習慣性を狙ったものである。パンを食べれば、副食は牛乳製品・卵製品・肉製品となりそれらの畜産物を飼育するための飼料であるトウモロコシや大豆(これもアメリカ余剰農産物)なども同時に輸入せざるを得なくなる図式である。

1 件のコメント:

今井 さんのコメント...

ガリオア資金・エロア資金の返還を求めてきたのは、日本側の使用状態が資金の本質と違うからではありませんか?
疾病や社会不安をなくすためのものですが、日本は資金を元手に鉄鉱石・石炭・綿花・機械などを購入し工業を興していきました。利潤が生まれたのです。

ポツダム宣言の第13項(条)に書いてあることを日本は履行しなかったからです。