2011年5月14日土曜日

室内でも農業を

津波や福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の大量拡散によって、被災地の農業を大きな打撃を受けました。農家のみなさんは、耕作ができない、耕作ができても放射性物質が検出されて出荷できない、あるいは風評被害によって売れない、といった悩みを抱えてしまいました。

日本はフードマイレージが世界最悪の数値です。遠くで(外国で)作られた農作物を、たくさんの石油を使って輸入し、いくつもの段階を経由して手に入れています。そして、流通と消費の段階でたくさん捨てている。
もったいない話ですね。

しばしば「捨てるのはもったいない」と教えましょうという声を聞きますが、「捨てるものは作らない」とした仕組みが必要なのではないかと思います。
必要なだけ作る、そのためには流通経路を短くする、自分で作るといった方向に向かうのが良いのではないかと思います。
「自給率の向上」「地産地消」「自産自消」「農産物の貿易の縮小」というキーワードが出てくるでしょうか。

今日ご紹介するのは、都内のある企業です。
社内でチームを作り、室内で農作物を栽培しています。


これはキノコを栽培している一角。
天井には光の量を調整する電灯が設置され、定期的に噴霧器のようなもので水を供給していました。
電気を使っていますが、その電力をどうやって供給しているかはわかりませんが、電力を自然エネルギーにできればいいですね。


壁面にはパッションフルーツ(?)。
打ち合わせのテーブルや部門の仕切りを利用するなどして、このように作物を栽培することができます。
天井に網状の棚を作ってやることもできます。


打ち合わせスペースの椅子の下。引き出しが設けられていての、その中で発芽をさせます。


そして水田です。年に3回収穫しているそうです。
この他にも、発芽用の専用室のような部屋もありました。

実際に自給自足をしようと思ったら、とてもこのスペースでは足りませんし、水や電力の供給に石油や原子力などのエネルギーを使ってしまえば、あまり意味はありませんが、室内栽培の良いところは、作物を食べてしまう虫の侵入がないために農薬を使用しなくてもよいことです。

どこの会社でも、このような施設や設備を持つことはできないでしょう。しかし、工夫すればできることもあるかもしれません。大事なのはやることではないでしょうか?
アイデアを出して、やってみて、改善して。楽しいことだと思います。

家庭でやるなら、壁面を利用した花壇のようにして作物を育てることができます。
温室を作るならば、室内の日当りの良い場所に苗を置いたり、ビニールシートで囲ってペットボトルや発酵熱を利用して温度を維持することもできます。
水は雨水を利用する。簡単な雨水用のタンクなら作れますね。

放射性物質の拡散は各地で観測され、事故があった原子力発電所から遠く離れた地域で作物から基準値を上回る放射性物質が検出されています。
植物や細菌を使って放射性物質を吸収する方法、チップや炭を使って浄化する方法などもあるようです。

事故や災害、気候変動、戦争や紛争、されにそれらの結果としての政治的な失敗。
あらゆる出来事が、私たちの食を脅かす要因です。
今回の原子力発電所の事故は、それらが重なって起きた一つの教訓だと捉えることができます。

何かに誰かに依存している状態では、それが被害を受ければ即危機となります。
依存ではなく自立。
自立のための自給。
私たち自身のこととして、私たちの家族のこととして、私たちの地域のこととして、そのことを考えていかなければならないと思います。
子孫繁栄があっての国防です。

2011年5月10日火曜日

同工異曲の原発問題と安保問題

國體護持塾様のホームページに掲載された南出喜久治氏の論文から部分的に引用しています。(紫色の文字の部分が引用です)全文を是非お読みください。http://kokutaigoji.com/reports/rp_n_h230508.html 


当ブログ「日本が日本であるために」はURLをご覧いただくとわかる通り「自立再生」というテーマを中心に書かれた投稿がほとんどです。

今回引用させていただいた論文では、エネルギー政策において、日本の自立が失われているという現状とその経緯について書かれています。

 そもそも、原発は、どのやうにして我が国に導入されたのであらうか。広島と長崎が原子爆弾による無差別大量殺戮の被害を受けた我が国は、これに追ひ打ちをかけられたかの如く、昭和二十九年三月一日の米国の水爆実験によつて発生した多量の放射性降下物(いはゆる死の灰)を浴びた第五福龍丸の乗組員が被害を受け、「原子力(核)の恐怖」は国民的トラウマとなつて定着してしまつた。ところが、米国アイゼンハワー大統領の指令を受けた米国CIAは、読売新聞社主の正力松太郎を工作員に仕立て上げ、読売新聞と日本テレビなどマスコミを総動員して、「原子力の平和利用」といふ大々的な洗脳キャンペーンを行つたことから、我が国を原発推進へと大転換させた。これによつて、我が国は、核保有国が核を独占的に支配管理するNPT体制に組み込まれ、我が国のエネルギー政策における生殺与奪の権をアメリカに売り飛ばし、エネルギー戦争の第二の敗戦を帰した。

このたびの地震・津波による災害と同時に発生して福島第一原子力発電所の事故に関しても、原子力に反対する立場、推進する立場、反対する立場に反対する立場など、いろいろな議論(とまでは言えないものも多いですが・・・)が繰り広げられています。
最近とても気になるのが、どんなことでも右左、白黒、善悪の二元論におちいってしまう論争がとても多いことです。

 安保堅持と安保破棄といふ二者択一の正反対の対立では、誰もが納得しうる解決策が得られない。真相を隠蔽するために、正反対の二者択一を迫るのは、政治の常套手段である。そのことについては、占領憲法についての議論も同じである。占領憲法を憲法として有効であるとしたい敗戦利得者は、改憲か護憲かといふ茶番劇を、マッカーサーの手のひらで踊つて見せてゐることと、この安保堅持と安保破棄といふ茶番劇とは実によく似てゐるのである。安保破棄といふのは、即時破棄であることから、それによる急激な政治環境の変化を恐れた大衆が、やむを得ない次善の選択として安保堅持を支持したのであつて、売国政党の自民党の長期政権に貢献したのは、この非現実的な亡国政党である社会党の過激さにあつた。これによつて、自民党と社会党の馴れ合ひ政治が定着したのである。
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 この安保問題の構造は、原発問題の構造とよく似てゐる。原発推進派と原発反対派との対立は、過去の米ソ代理戦争を引きずつてゐる。対米隷属を深めようとする原発推進運動と、それが確立することに反対するソ連が支援する原発反対運動との対立である。そして、ソ連崩壊後の現在の原発反対運動は、米国一極支配に反対するロシアと中共らの共同戦線に支へられてきたのである。

ここでは脱原発という考え方を支持しています。
原子力発電によって生成される核廃棄物の処理にはメドが立っていませんから、今後長い年月をかけて対処していかなくてはならない。あるいは画期的な技術が出るまで待たなければならない。捨てるところがないのに、ゴミを出すというのはおかしな話ですから、核廃棄物をなるべく出さないようにしよう、少しづづでもいいから原子力発電から抜け出して行こうという立場です。
ですので次の段落で述べられているような二極化は好ましい状況だとは考えません。

 原発問題に関しては、福島原発事故の後、親米勢力の原発推進派と反米勢力の原発反対派とのせめぎ合ひが顕在化し、二極化が深更してゐるが、核のトラウマに便乗する後者が優勢であることは言ふまでもない。しかし、ここに完全に没落してゐるのは、真の祖国愛を抱く親日勢力であり、親日勢力はこれら両派の外国勢力のために股裂き状態に追ひ込まれてゐる。原発推進することが保守だとする倒錯した議論が無自覚に語られ、脱・原発を唱へる愛国者を原発推進派の似非保守の売国奴が平然と批判することが繰り広げられてゐる有り様である。

このような二極化を生む要因の一つに、曖昧な情報の流布あるいは情報の操作が行われることが挙げられます。このような情報操作は、しばしば政争の中でも行われます。
原子力発電の場合は、ウラン鉱脈の利権、国家間の利益、政治家、官僚、学者、メディアの権益などが絡む大きな構造の中の問題です。

 ところで、原発推進派が喧伝する、原子力発電コストが他の発電コストに比べて低いといふのは、CIA工作によるデータの改竄によるもので、実は原発コストが一番大きいのである。発電コストについては、資本費、操業費、燃料費で比較してゐる比較して見せるのであるが、これは、原発を継続運転する場合のイニシャルコスト(資本費)とランニングコスト(総業費、燃料費)だけであつて、一般的な通常の会計学的手法が用ゐられてゐるに過ぎない。しかし、厳密に会計学的に考察すると、原発コストの場合は、いはば「偶発債務」や「負債性引当金」などに相当するものが計上されてをらず、他の発電の場合と比較して、これらが余りにも大きすぎる点が明らかに隠蔽されてゐるからである。平易に言へば、原発の耐用期間が経過した後に、その老朽原発を安全無害に解体する場合の廃止措置費、放射性廃棄物(使用済み核燃料)の継続的管理費及び最終処理費(地層処分費)、地層処分のための用地を確保する土地取得費と交渉対策費、原発事故が発生した場合の復旧費とその放射線汚染に伴ふ損害賠償費、原発の新規建設を推進させるための地元対策費や継続的な地元援助金、利益誘導対策費、用地買収資金などを計算に入れれば天文学的な金額になるが、これらについては、発電コストの原価計算の基礎数値からは完全に除外されてゐるからである。

コスト構造については、食料に関しても同種の問題があります。
生産、流通、消費の各部門に関しては、しばしば統計が発表されますが、再生(再処理や処分も含む)コストについては、あまり表に出てきません。
統計の取り方をもっと改善した方が良いと思います。

尖閣諸島周辺に眠る海底資源、日本海に眠るメタンハイドレートなど、日本には輸出できるほどの資源があると言われていますが、一向にそれらを採掘して活用しようという動きはありません。これからはいくつかの選択肢として、これらの資源を利用する方向に向かうべきであると思います。

 そして、その過渡的な政策として、これまで我が国がエネルギーの自給体制をとることを阻止し、あるいは独自のエネルギー外交をすることさへも徹底して妨害してきたアメリカから我が国は自立して、我が領土である尖閣諸島の海底に眠る石油、天然ガスなどの海底資源などや、日本近海に眠るメタンハイドレートなどを資源化する事業に政府主導で直ちに着手し、その開発に伴ふ内需拡大によつて東日本のみならず我が国全土にわたる復興を実現するのである。そして、これまでのエネルギー輸入国からエネルギー輸出国へと劇的に政策転換させる基本戦略に立つ必要がある。エネルギーの自給が達成できれば、食料の自給も達成できる。技術革新を独自に推し進め、原発依存の比重を極小化したエネルギーバランスを実現し、最後にはウランその他の稀少金属に依存しない自然エネルギーなどによるエネルギーの完全自給を達成させ、我が国が独自に安定国家となるための基軸を打ち立てなければならないのである。

政府は浜岡原発の停止を決めたようですが、明確な方策=日本の自立性が高まる方向でのエネルギー政策があるようには思えません。

 しかし、仮に、さうであつたとしても、自立再生論による祖国再生の基軸を立てた結果であれば是とすべきであるが、実際はさうではないところに我が国の病巣の深さを感じる。その場しのぎの方針であることにも問題がある。そして、その病巣の根幹には、占領憲法がある。占領憲法は、GHQの占領下で制定されたため、国家緊急事態に対処しうる制度がない。占領下での国家緊急時といふのは、支配者であるGHQの緊急事態のことであるから、そのやうなことは占領憲法で定めるはずがないからである。

先日、福島県に放射線量を確認するために出かけてきましたが、失業、家の喪失、家族の離散、風評被害など正視するのが辛くなるような現実を目にしました。農業は壊滅に近い地域も多く、もう少ししたらその影響を実感することになるかもしれません。
以下の部分は五・一五事件に関するものですが、あながち過去の話では済まされないことだと思います。

 五・一五事件と聞くと、日本青年の歌を作つた三上卓や、黒岩勇、古賀清志らの帝国海軍将校や陸軍士官学校の生徒による軍事クーデター未遂事件であると教科書的に理解する人が多い。それはそれで決して間違ひではない。確かに、この事件によつて軍部に対する政治家と官僚の萎縮効果が生まれ、二・二六事件へと向かふ歴史の流れを作つたことは否めない。 しかし、この事件の教訓はそれだけでは終はらない。この事件は、橘孝三郎が率ゐる愛郷塾の塾生が結成した「農民決死隊」の七名が、昭和初期の世界恐慌による農村恐慌、特に、東北地方の農民生活が極度に疲弊し、娘を都会人の性的欲望の生け贄として身売りしなければならないやうな悲惨な状況などを見るに見かねて立ち上がつたことに留意しなければならないのである。これは、勿論、五・一五事件に共通した義憤ではあるが、この農民決死隊が牙を向けた先は、軍人グループのやうな要人テロではなく、東京の変電所であり、それを襲撃することにあつた。東京市には、東京電燈株式会社の、田端、鳩ケ谷、淀橋、亀戸、目白の各変電所と、尾久にあつた鬼怒川水力電気の東京変電所がある。これら六箇所の変電所を襲撃して東京市を大停電に陥れ、クーデターを決行しようとの計画であつたが、大停電をさせることの真の目的は、農村の疲弊が都会の享楽にあるとの認識から、資本主義の弊害を是正しなければならないといふ強烈な警告を行ふことにあつた。勿論、この計画は、田端変電所の電圧メーターを金槌で壊しただけで、用意してゐた手榴弾などを使用できずに不成功に終はつた。それゆゑに、要人テロとは異なる農民決死隊事件が五・一五事件として同じ名前で一括りにして語られることに違和感があるのは私だけでないはずである。
 この事件(農民決死隊事件)の背景事情や経緯は、今回の東日本大震災と巨大津波による福島原発の全壊事故、これによる東京都の計画停電に至る時系列と事実関係とは全く異なるものである。しかし、明らかにこの二つのことは同工異曲の事件と言へる。

過去にさかのぼることはできません。しかし、私たちは生きなければなりません。
ですから、むしろ今回の事件や、歴史上の出来事を教訓に、本来あるべき姿=自立した日本のために努力をしなければならないと思います。

 それは、日米安保問題、原発を含む核問題の根源は、占領憲法問題といふ同根から生まれてゐるものであつて、我が国と世界を再生させるためには、占領憲法の無効宣言をして、我が国と世界に吹き荒ぶ賭博経済の金融資本主義を淘汰し、自立再生社会の実現が刻下の急務であることの現在的な教訓なのである。





もう一度書きますが、このブログのテーマは自立再生です。
そのために、日本の文化をもっと知ろう、伝統的な祭祀に関心を持ち実践しよう、生存や子孫繁栄のために欠かす事のできない食べ物やエネルギーについて考えよう、そして何かを変えようと訴えています。その一部に憲法問題、歴史認識などを位置づけています。
自立再生という視点で、原発事故のことを考えてみませんか?

2011年5月7日土曜日

近江聖人と呼ばれた中江藤樹

中江藤樹(慶長十三年〜慶安元年:1608年〜1648年)は近江国小川村(現在の滋賀県高島市安曇川町上小川)に生まれ、9歳で伯耆国(ほうきのくに)のお祖父さんの養子となり、その後藩主の国替えで伊予国大洲(現在の愛媛県)に15歳でお祖父さんが亡くなったあと家督を継ぎます。禄高は百石。

当時、武士の俸禄(一年分の給与)はお金ではなく玄米で支給されていました。百石といえば、当時一日一人平均二合反のお米を食べるとすると、年間約百十人を養えるほどの高給です。
しかし藤樹は27歳のとき、母親を気遣い一緒に大洲で住もうと提案しますが、自分のことより殿様に仕えて欲しいと断られます。それでも藤樹は自分を産み育ててくれた母親が心配でしたので、藩主に辞表を提出して生まれ故郷の母親のところに行こうとしますが藩主に却下されます。
そこで藤樹は脱藩を決意します。

当時、脱藩は殿様の恩義を裏切る行為でしたから、武士としては最も重い罪です。
(幕末の時代になると、脱藩は建前上は死罪でしたが、尊皇運動ためであれば黙認されていました)
脱藩して母親のところに行くというのは、命をかけた決心だったわけです。
追っ手が来て母の前で打ち首になってはかなわないと思い、一旦京都にとどまり藩主に手紙を書き、追っ手がくるのを待ちます。
ところが追っ手はきません。
「至誠天に通ず」(まごころを持って事に当たれば、困難なことでも理解が得られることがある)が通じたのです。

藤樹はその後安心して、小川村で母に仕えながら、生涯を通じて学問と村人の教育に励みます。そして、師匠を持つ事なく独自の学問を構築していきます。
亡くなってからは、その遺徳をたたえられて「近江聖人」と呼ばれ、熊沢蕃山(ばんざん)、淵岡山(こうざん)、大塩平八郎や吉田松陰などに影響を与えました。

世界の歴史には多くの偉人がいますが、その中でも母親の孝養のために決死の覚悟をした藤樹はとてもユニークな存在です。
出家、修道、学問専心のために一定の成果を修めた偉人の中には、親や家族を捨てた人も少なくありません。
成果や功績を上げれば親や家族を捨ててもよいというのは、成果第一主義と言えるかもしれません。仕事に夢中になり成功に固執した結果、家族がバラバラになって離婚した夫婦の話をよく耳にします。
それに対して、藤樹は孝養を人生における最も大切な努めとして実践し、結果的には独自の学問を築き多くの後継者に影響を与えるという功績を残しました。
我が国第一級の人物を言ってもいいかもしれません。

滋賀県高島市には、藤樹神社、近江聖人中江藤樹記念館があります。
機会があったら是非立ち寄ってみてください。
何か感じる物があるかもしれません。

放射能除去に効果を発揮する「ヒマワリ」世界一受けたい授業で紹介。

放射能除去に効果を発揮する「ヒマワリ」世界一受けたい授業で紹介。

昆虫や動物の能力や性質を活かし最新技術に取り入れることで「人類の生活はもっと豊かになる」。

筑波大学付属小学校:鷲見辰美

自然が生んだ驚異の発明

●放射能除去に効果を発揮する植物

それは「ヒマワリ」。

土壌の放射性物質を根から吸収する能力がいくつかの植物にある事が分かった。

なかでもヒマワリの吸収率が最も高い。

危険性がなくなるまで30年以上かかる土壌の放射性物質をわずか20日で95%以上も除去。

http://convenience.typepad.jp/naze/2010/11/ヒマワリ.html

専門家のみなさんはどんな反応をするでしょうか?
効果があるかどうかは試していないので断言することはできませんが、機会を作ってやってみようと思います。
我が家の庭にも、たくさんのヒマワリの種を蒔いて芽が出るのを待っています。
他にも光合成菌や乳酸菌を使った放射能除去の方法もあるようですので、いずれ実験してみようと思います。

この手の方法。
仮に良い成果が出ないにしても、損をすることがないのがいいですよね。
ヒマワリだったら、花が咲けば鑑賞できるわけですし。

2011年5月6日金曜日

自尊自立の為の家庭の医学 第三回 自然治癒力とは

何かあったらすぐ薬を・・・という習慣から少し離れるには自然治癒力を上手く利用できればいいのですが。
でも自然治癒力っていったいどういうものを言うのでしょうか?
私たちの体には自分で治そうとする力が備わっています。でも少し調子が悪いと、仕事は休めないしとか、ちょっと気弱になったりだとかで急いで病院や薬局に駆け込み薬を買ってきたりしますよね。自分がどうなるのか、この具合の悪さはいつまで続くのか、治るのか、もしもっと悪い病気だったら?そういう恐怖が元にあってとにかく早くこの症状を消してしまおうという気持ちが働く・・・これはお医者さんや薬のせいではなくて私たちの心の問題です。つまり死を恐れる気持ち、それが病気や症状を悪と決めつけたいのだと思うのです。

とは言え自然治癒力をはっきり定義付けするのはとても難しいのですが・・・
近頃は、現代医学の場でも自然治癒力のことを聞きますね。自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きをそのように呼んでいます。

自律神経をつかさどるのは「視床下部」です。視床下部はホルモンの分泌(内分泌系)や免疫系の調整においても、大切な働きをしています。これらの調整機能はホメオスタシスという体内の環境を一定に保って生命を維持する為の働きです。
しかしストレス・不安・恐怖・不快などによって、自律神経が乱れると他の調整機能にも負担がかかってしまいます。結局のところ心と体はつながっているので、心をどのように安定させるか、自分のものの見方・感じ方・考え方、そういうものが身の回りで起こる出来事を自分の体にどのように影響させるかを決めています。心のホメオスタシスも大切になって来るんですよね。たとえば、悲しい時や困った時にため息をつく。これは心の苦しさを少しでも和らげようとする無意識の反応です。怒りの感情を爆発させることも。心を楽にするために蓄積せずに発散することも大切ですよね。

自尊自立の為の家庭の医学では、自然治癒力は自律神経系、免疫系、内分泌系(ホルモン)の働きに加えて、感情や精神のレベル、肉体を超えた何かを含むもの、という風に考えたいと思います。
なぜ病気になるのか?なぜバランスを崩すのか?を考えるとき、どうしても肉体の機能的側面だけでは説明しきれないような気がします。

自然治癒力が働くとき、何かの症状が現れます。症状は「バランスが崩れているよ」というお知らせであり、それを正そうとする働きのために起こります。
自尊自立のための家庭の医学 番外編3 毒を以って毒を制するの本当の効用で、毒(物質)を体に入れた時の直接的な生体反応である一次反応と、一次反応の揺り戻しである二次反応がある、と述べました。この二次反応が起こるのは、崩れたバランスを元に戻すために、自然治癒力が反作用として働いているからですね。

同種療法であるホメオパシーでは、治癒の過程で感情の気付きや発散が多く起こります。肉体レベルだけでなく感情レベルでの癒しも起こるわけです。ただし押しこめていた感情や思い出したくない出来事を追体験することもありますので、決して楽な道のりではありませんが、本当の治癒というのはその人の心の変化が伴うものであると思います。このホメオパシーの創始者のサミュエル・ハーネマンは「病気は生命力の歪みによって起こる」と述べています。

少し抽象的なお話になりますが、肉体の中に閉じ込められている生命力が体内を循環するエネルギーのようなものだと考えてみて下さい。
私たちにはいろいろなこだわり、こうでなくちゃいけないと思うことがあります。「こうでなくちゃ」と思ったそれ以外の状況下ではとてもイライラしたり、何とかしようともがいてしまいますね。しかし、このことこそが、循環するエネルギーの流れの中に出来たブロック、淀み、ひっかかりなのです。そのことでいつもイライラしたり、そのことに気を取られた状態ではいつもそこにエネルギーが注がれることになります。このようにして、淀みの数が増えれば増えるほど、私たちが本来の生命を健康に維持していくことに使えるエネルギーが減り、流れも弱くなってしまう訳です。「こだわり」にも健全なものとそうでないものがあるでしょう。自分を省みず、周囲の状況を変えようと躍起になったり、いつまでたっても変更も修正も出来ない「こうでなくちゃ」は病的なものであると言えます。

実際悩んでるときは苦しいものです。いっそ手放してしまえれば楽になれるのですけど、それが出来ないから淀みが生じているし病んでいるわけです。
このブロックが外れるとき、そこに溜まっていたものが放出されます。ですから感情レベルでの痛みも体験するでしょう。思い出したくなかった記憶を思い出して大泣きしてしまうこともあるでしょう。でもそれが感情レベルでの治癒のプロセスであり、自然治癒力の働くプロセスなのです。自ら抑え込んでいた辛い体験や感情が噴き出す、抑圧に対する反作用がこれを手放すこと、ですね。

自然治癒力が働くとき、揺り戻しの症状がある、そしてそれは肉体レベルだけではなく感情レベルでも起こる、ということでむやみやたらに症状を忌み嫌わないようにしたいものです。

【転載】今に見ていろ! ~ 5月3日GHQ憲法屈辱の日

今回もいつも素晴らしいブログを書いているJJ太郎さんの「かつて日本は美しかった」から転載です。http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20110503/1304351283

今に見ていろ! ~ 5月3日GHQ憲法屈辱の日


現在、日本国憲法と呼ばれているGHQ憲法(占領政策基本法)はCIAの前身であるOSSの「日本計画」がもとになっており、GHQ民政局の素人集団が7日間で仕上げたものです。内容は共産主義者の作文。目的は日本の共産主義化。OSSには知識人向けマルクス主義とよばれるフランクフルト学派が多くおり、GHQ憲法作成の首魁である民政局ケーディス大佐もOSSにいたためフランクフルト学派に影響を受けていたと思われます。
昭和21年(1946年)2月26日の閣議でマッカーサー案をベースに草案しなければ仕方がないという結論になり、松本案を作成します。
3月4日、終戦連絡中央事務局次長・白洲次郎ら数名がGHQを訪れます。そこで松本案の英訳が始まりましたが、ケーディス大佐が重要なポイントに手が加えられていることを知り、松本博士(国務相)を呼び出します。そこでケーディス大佐と松本博士と大喧嘩になります。松本博士は怒って帰ってしまい、結局、マッカーサー案にほとんど逆戻りしてしまいました。
3月4日午後6時、ケーディス大佐
「今夜中に日本国憲法のファイナルドラフトを完成することになった日本側もそれに参加してもらいたい」
そこで白洲次郎らは松本博士を呼び出しますが、本人の機嫌が悪く、側近が「血圧が高いからあとはしかるべくやってくれ」の一点張りできてくれません。結局、松本案をマッカーサー案に復元した英訳を今度はこれを再検討しながら和訳していく作業を白洲次郎や外務省の小幡氏らと始めました。
小幡「白洲さん、シンボルって何やねん?」
次郎「そこにある井上の英和辞典引いてみたら?」
小幡「やっぱり白洲さん、シンボルは象徴やね」
ケーディス大佐はしきりに文句を言っていましたが、一度だけ猫なで声で語りかけてきました。「第三章 国民の権利及び義務」の冒頭にある第十条についてです。
「この条文はホイットニー局長の書かれたもので、ご自身名文だと思っておられる。別の場所でもいいから残してもらえないか」
上司のゴマすりときました。こんな感じで素人たちがあれこれいいながらGHQ憲法のファイナルドラフトができあがったのです。
作業が終わったのは3月5日午前10時でした。ホイットニー局長は満面の笑みを浮かべメンバーの一人一人と握手しました。


佐藤法制局第一部長
「いったいどこの国の憲法を手伝いにきたのかという錯覚をおこしそうになったくらいである」


3月6日、ファイナルドラフトは「憲法改正案」として世間に公表され、間髪いれずにマッカーサーは同案への支持を表明しました。完全な出来レースです。


白洲次郎の手記
「『今に見ていろ』ト云フ気持抑ヘ切レス ヒソカに涙ス」


数ヶ国で構成される極東委員会は憲法前文を見ただけで「憲法改正案」が日本人の書いたものではないことを見抜き激怒し、憲法案を審査する機会を与えるよう主張しましたが、マッカーサーが拒否。結局、強引に押し通されました。昭和21年8月24日、衆議院で憲法改正を採択。多くの議員が無念のあまりに嗚咽を漏らし無数のすすり泣き声が議場を粛然とさせました。



参考文献
講談社文庫「白洲次郎 占領を背負った男」北康利(著)
総和社「日本は憲法で滅ぶ」渡部昇一(監修)
河出書房新社「白洲次郎」『白洲手記』白洲次郎
添付画像

2011年5月1日日曜日