2010年11月24日水曜日

読書録 - 食の堕落と日本人

厳しいことがビシバシと書かれている小泉武夫さんの著書「食の堕落と日本人」 
第1章 日本食を食べない日本人は堕落するを読んで
食生活が乱れるとその人の体調が崩れるのと同じく、国民の食の周辺が乱れてくると、その国の社会も乱れてくる。
(中略)
そんな国になり下がった日本人だから、国の力もガタガタ低下。国民一体になって日の丸弁当と握り飯でがんばって、高度経済成長を実現し、世界一の富める国を築いたまではよかったが、皆が浮かれて民族としての生きる知恵や基本を忘れてしまったとたんから、食い物は外国からカネで買えば楽だわ、魚だって捕るの面倒臭いから外から買うのがちょうどいいわ、ということになって、食べ物は作らないわ、加工もしないわという堕落心がはびこってきたのである。

食事療法や健康維持の観点からご先祖様の昔ながらの知恵や習慣に沿った食事が理にかなっているのですよ、という切り口の本はたくさんありますが食文化の放棄・堕落が、民族性の放棄や食料自給率の問題、国防的観点にまで言及されているものは少ないのではないかと思います。
「金があるんだから買ってくればいいじゃないか」という発想が堕落の原点だと筆者は訴えています。まさに民族の存亡に関わる重大な現象であると。

お腹がすいたら食べ物を口に入れてお腹を満たす。
食べるとは、ただそれだけの行為ではありません。何となく、やれ暇だ退屈だと、あるいは何かほかの欲求を満たす代わりに食べ物を口へ入れるということがあります。そこには個々ののライフスタイルや様々な事情があり、それにとやかく口出しをするのは余計なお世話とでも言われてしまいそうな昨今ですが。でもあえて厳しい言い方をすれば、これはやはり堕落なのだと。

食べ物に感謝するのは大切なことです。まずは頂いた命に感謝。こうして食べられることに感謝。作ってくれた人や調理してくれた人にも感謝。そしてその次に、もっと大切なことがあります。
それは、その食べ物を無駄にしないように目的を持って、家族や周りの人の為、世の中の為になるような行いを心がけて生きるということです。頂いた命を無駄にしない、自分はそれらに生かされているということはそういうことなのだと。感謝する気持ちはあってもなかなか、ここまでの発想は出来ていない。自覚することとは自らをわきまえること、即ち気持ちを行動にまで向かわせることなんですね。
「食べ物で得たエネルギーは無駄にせずに何かを生産する為に使ってほしい」小学校の授業で筆者は子供たちにそう伝えたそうです。そういうエネルギーを作るために私たちはご飯を食べるんだと。

食べる事の意味を考えながら、日本食の素晴らしさについてもっと知りたいと思いました。


4 件のコメント:

love2nippon@gmail.com さんのコメント...

墜落という言葉は言葉の調子は強いですが、現実の認識としては適切な表現ですね。
自分がどれだけ痛烈な反省を持ってこの言葉を受け止められるがが大事だと感じます。

koe さんのコメント...

ありがとうございます。口で言うのはいつも簡単ですね。まずはほんの少しでも生活の中で実践できる事をやりたいと感じました。

love2nippon@gmail.com さんのコメント...

この「金があるから買えばいい」という発想。GDP増加は経済発展であると主張する人たちによく見られるように思います。
これでいいのか日本人?!

koe さんのコメント...

そうですね。経済発展が悪いとは言いませんが、変えてもいいもの、変えてはいけないものの区別をきちんとしなければいけないと思います。そのために、我々日本人は歴史や伝統文化をしっかり学ばなければいけないんだと思います。